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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
2章 医者もいろいろ
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<16-2> 良いお医者-病室で結婚式を挙げた医者 その2

 それから1週間後の昼下がり、橋本師長を先頭にして、看護婦たちが大きな花束とラジカセをもって佐々木律子の部屋に入って来た。


 律子は寝たまま不思議そうにそれを見つめていた。


「佐々木さん、おはようございます」


「おはようございます。その花束は?」


「それはお楽しみ。先生がお話し下さいます。少しベッドを動かしますからね」


 師長はベッドを部屋の片隅に寄せると、床頭台を部屋の中央に移動させ、その上にラジカセを置いた。


 しばらくして町田医師が、紺のスーツに身を包み部屋に入って来た。その後から、律子の夫、健治が続いた。


「佐々木さん、おはよう」


「先生、おはようございます」


「今日は何の日でしょう?」


 町田は律子のベッド脇で腰をかがめ、笑顔で話しかけた。


「何の日?」


「健一さんの結婚式の日ですよ」


「健一の結婚式?!」


「そう。結婚式。この部屋で結婚式を執り行います」


「ま、まさか!」


 律子は驚きのあまり目を見開き、夫の健治を見つめた。健治はうんうんとうなずいて見せた。


「結婚式が始まります。どなた様もご用意下さいませ。もうすぐ新郎新婦の入場です」


 橋本師長は、マイク片手にアナウンス調に語った。


 ラジカセから結婚行進曲が流れた。町田医師は部屋の中央に立った。


 律子はあわてて起き上がろうとしたが、力が入らず身動きできなかった。


「佐々木さん、そのままでいいですよ。寝たままで結構ですよ」


 師長はそう優しくいって、律子の肩に手をやった。


「いいえ、そうはいきません」


 律子は咳をしながらゆっくりと身を起こすと、髪や身なりを整えた。師長は電動ベッドを半座位にセットした。


 病室のドアから式服に身を包んだ健一が、ウエディングドレスの新婦、小野秀子と腕を組み、曲に合わせてゆっくりとした歩調で入ってきた。


 拍手がわいた。律子は驚きのあまり両手で口をおおった。


 新郎新婦はゆっくりと部屋を回り、律子のベッドに近付いた。律子は健一の腕にすがりついた。


「健一、健一」


「母さん!」


 健一は、なだめるように律子の肩を抱きしめた。新婦の小野秀子も律子に抱きついた。


「お母様!」


「秀子さん、とってもきれいよ。健一をよろしくお願いしますね。お願いしますね」


 律子の顔は、涙でぐしょぐしょにぬれていた。


「ただいまから、佐々木健一さんと小野秀子さんの結婚式を行ないます。新郎新婦は町田先生の前にお立ち下さい」


 2人は名残惜しそうに律子の腕を離し、部屋の中央に行った。


 牧師役の町田は2人に向かうと、


「佐々木健一さん、小野秀子さん。2人は生涯の夫婦として、永遠の愛を誓いますか」


「はい。誓います」


 2人は声をそろえていった。


「佐々木健一さん、小野秀子さんを夫婦として認めます」


 病室に拍手が鳴り響いた。


「指輪の交換をして下さい」


 師長が指輪を差し出した。新郎新婦は指輪を交換した。


「親族を代表して、佐々木健治さんのご挨拶がございます」


 師長は佐々木健治に目配せをした。


「今日は病気の妻のために、病室でこのような結婚式を開いていただきありがとうございました。皆様の底知れぬ真心を思うと、その感動で涙を禁じ得ません。妻にとっても、新郎新婦にとっても、また私にとっても忘れ得ぬ思い出となりましょう。本当にありがとうございました」


 健治はハンカチで涙をぬぐいながら、深々と頭を下げた。


 律子が息づかい荒く必死に声を出し、


「ひとこと、ひとこと、私にいわせて下さい」


「佐々木さん、無理をなさらなくても」


 師長は心配そうにかたわらに寄った。


 律子は姿勢を正し一息つくと、


「健一さん、秀子さん、おめでとう。これからは2人で支えあって、幸せな家庭を作って下さい。皆さん、結婚式本当にありがとう。私のために、本当にありがとうございました」


 渾身の力をふりしぼってそういうと、律子はあえぎながらベッドに身をもたせた。


 2人を祝福する拍手が、いつまでもホスピス病棟に響きわたっていた。



 [完]


┗----------


 患者、佐々木律子さんは、その3日後に亡くなったのでした。


 私の看取りも、こんなお医者さんにしてもらいたいものです。


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