<16-1> 良いお医者-病室で結婚式を挙げた医者 その1
本サイト、いのう作品3の「いのちの砦-ホスピスの日々」に登場する女医さん(町田医師)は、実在する女医さんです。この女医さんは、病室で患者さんの結婚式を挙げたのです。
町田医師は、ホスピスの申し子のような優しい人柄で、患者目線で、心ゆくまで患者の話に耳を傾けてくれるお医者さんでした。
時には、3時間も患者さんの話を聞くこともあったのです。3時間待ちの3分間診療とは大違いです。
医師に話を聞いてもらうだけで、患者さんの苦痛は和らぎ、それにつれてモルヒネの使用量が減っていくのでした。
結婚式といっても、挙げたのは女医さんでも患者さんでもなく、患者さんの息子さんの結婚式なのです。(←(^ω^)言わなくても分かるよね)
患者さん(佐々木律子)は、胃がんの末期状態にありました。肝臓にも転移があり、腹水による圧迫で呼吸もしだいに苦しくなってきていたのです。
息子さん(佐々木健一)は近々結婚することになっていました。それまで患者さんの命がもつかどうか、ギリギリの線でした。それはだれにも分かりません。
そこで病室での結婚式の話が、スタッフの中から持ち上がったのです。
以後の文は、「いのちの砦-Ⅲ章2話 ホスピスの日々」に移ります。(←(^ω^)手を抜いたのかって?そんなことはありません。これ以上じょうずには、書けないのです、なんちゃって)
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町田医師は、いつものようにホスピス病棟を回診していた。病棟には佐々木律子が入院していた。
佐々木は胃がんの末期患者だった。3年前に胃切除を受けたが、肝臓に転移し末期状態にあった。腹水がたまりそれが肺を圧迫して、呼吸するのもつらそうな様子だった。
町田医師はベッドの傍に近寄ると、置いてあった椅子に腰をかけた。その後ろに少し離れて橋本師長が立っていた。
「佐々木さん、分かりますか。町田です」
「ええ、先生」
佐々木は弱々しい声で答えた。自力ではベッドから起き上がれないまでに、衰弱していた。時々苦しそうに咳をした。
「どこかつらいところは無いですか」
「体がけだるい・・・」
「けだるいでしょう。あまり食事が取れませんからね」
「佐々木さん、この数日、ほとんど食事なさっていません」
橋本師長が後ろから口をはさんだ。
「佐々木さん、1本でいいから点滴しませんか」
「先生、私、薬は嫌なんです」
「あなたが薬を嫌がっているのはよく知っています。でもこんなとき、点滴1本でもすれば身体が楽になりますよ」
「先生、食べますから。食べますから、点滴はもうちょっと待って下さい」
「もちろん、嫌ならいいんですよ。してほしかったら、いつでもいって下さいね」
町田はいたわるように優しくいうと、椅子から立ち上がろうとした。
「先生、お願いがあります」
佐々木律子はやっとの思いで身を起こすと、弱々しい声でいった。
町田は律子の背中を手で支えながら、
「お願い?いいですよ、何でもいって下さい」
「健一のこと・・・」
「ご長男の健一さんね。健一さん、どうかなさったの?」
「1カ月後に結婚するんです」
「わあ、おめでとう。ほんとうにおめでとう」
しばらく沈黙していた律子は遠慮がちに、
「私、後1カ月生きられるでしょうか」
「そうですねえ……」
町田はことばを濁した。
「ほんとうのこといって下さい、今までどおり。先生は私に一度も嘘はつかなかった」
律子は町田医師の腕にすがった。
「健一の結婚式を見届けたいんです。それまで生きていたいんです。お願いです。本当のことをいって下さい、先生!」
町田は姿勢を正し深く一呼吸すると、ゆっくりとした口調で、
「ほんとうに残念ですけど、佐々木さんが後1カ月生きられる保証はありません」
「そうですか。やっぱり、そうですか」
律子は肩を落として涙を浮かべた。
「でも、精一杯頑張りましょうね。そうすれば大丈夫かも知れませんよ」
「いいんです。慰めはいいんです……」
律子は身を横たえると、声を詰まらせすすり泣いた。
橋本師長は、何か思いついたように小さくうなずくと、町田の手をつかんで部屋の片隅に連れていった。
「先生!」
師長は町田の耳元でささやいた。
「どうしたの、師長さん?」
「先生、この部屋で結婚式を挙げてはどうですか」
「ここで?!結婚式?!」
思わず町田は声を上げた。
「し-!そうですよ、この部屋でするんです。私たち、みんなで準備します」
「だって、そんなこと息子さん、嫌がるんじゃないかしら」
「息子さんには、私たちで頼んでみましょうよ。ね、先生!」
町田はどうしたものかと、しばらく考えあぐねていた。
「先生、そうしましょ。ここはホスピスです。病院の常識を破らなきゃ。それが先生のモットーでしょ」
師長は、困惑顔の町田にきっぱりとした口調でいった。
その気迫に押されるように、
「そうね。ホスピスは患者さんが主役だものね。そうしましょう」
2人は顔を見合わせて微笑んだ。
ベッド脇に戻ると町田医師が、
「律子さん、結婚式のこと心配しなくていいですよ。大丈夫ですからね」
「大丈夫?!」
「そう、大丈夫。任せて下さい」
師長は怪訝な顔をする律子をよそに、おおげさに自分の胸をたたいて見せた。
「じゃあ、また来ますね」
町田はそういうと、師長とともに部屋を出ていった。律子は首をかしげて2人を見送った。
[続く]