<15> 良いお医者-ゴールデンハンド
ゴールデンハンドとは文字通り黄金の手、腕の良い医者のことをいいます。
最近やたらと日本に「神の手」といわれる医者が増えていますが、そう称賛されうるのは10人はいないと私は見ています。それ以外の人は「神の手」とは誉め過ぎで、名医というくらいが妥当でしょう。(←(^ω^)私のジェラシーか?)
私の独断では、「神の手」といえる医師は、脳外科医の福島孝徳先生、天皇の心臓手術を成功させた天野篤先生の2人は間違いないと思っています。名医なら、日本にごまんといるといえます。
ちなみに私はといえば、大きな声では言えませんが、包茎手術にかけては名医の部類に入ります。まさに神の手ならぬ、下の手です(←(^ω^)コラ~、下品だぞ!)。
前話にも書きました怪物くん先生の病院では、泌尿器・性病科もありましたので、外科を担当していた私は、それも兼任していたのです。
来る日も来る日も包茎手術に明け暮れ、編み出した“いのう式手術法”で、包茎手術を5分でやってのけたのです(←(^ω^)普通は30分はかかります。どうだい)。
外科医と聞くと、普通、白い巨塔の財前五郎教授張りの、強烈な個性、大胆不敵、ごう慢、ガッチリ体型、大酒飲みなどがキーワードになりそうな、豪胆な医者を思い浮かべることでしょう。
怪物くん先生や、今回ご登場なされるゴ-ルデンハンド先生のような医者は、まさに外科医そのものという風体です。
しかしそうばかりではありません。
私の女房の父親は、大企業の人事をやっていただけに、その目利きは鋭く、私が婚約の挨拶に行った時など、
「いのうさんは外科なの。小児科みたいですね」
(この人、はっきり言うね)
そう思いましたよ。(←(^ω^)トホホ)
大学教授を含めて私の出会った外科医の大半は、先ほどのキーワードがあまりあてはまらない方々でした。
豪胆ではなく、割合、繊細な方々が多いのです。繊細だから小心かというと違います。
繊細でなければ、外科の大学教授にはなれません。
若いのに夜は睡眠薬を飲んでいた外科仲間。後年、公立の大病院の外科部長に抜擢されました。
名うての腕前の外科医で、多くの小説を世に出した医師もいます。
中には繊細すぎて十二指腸潰瘍になり、下血しながら手術をしていた外科医もいましたがね。
話を本題に戻します。
外科の医師に、まさにゴールデンハンドといえる腕の持ち主(S医師)がいました。私より1年先輩だけだというのに、その技量の差は歴然たるもので、私が自信喪失して外科を辞めようと思ったほどの腕前です。
大学の先輩に聞いてみると、S医師が執刀した初めての膵頭十二指腸切除術(腹部の手術では、肝臓の手術と並ぶ大手術です)を、4時間で終えたと驚嘆していました。普通6時間くらいはかかり、しかも初めての執刀手術となれば、その1.5倍はかかってもよさそうなものです。
メスさばき、クーパー(手術用のハサミ)さばきは、「臓器が切ってくれと顔を出す」とでも表現したくなるような、芸術的なものでした。
しかも、何が起きても動じない肝っ玉がありました。手術中に、ときに太めの血管がちぎれてどっと血があふれても、「おっと!」と叫ぶが早いか、血管を素手でつかんでしまいます。止血が終わると、「血管って血が流れてますね」と笑いながら冗談をとばす余裕ぶりでした。
どんなことにも動じないと見える人でも、手術中は緊張しています。肝臓の手術中、門脈辺り(執刀医にとっては一番緊張する場面です)を剥離しているときに、前立ち(助手)の私が小さなクシャミをしたら、彼はビクッと驚いて手術の手を止めたのです。彼も人の子だったと、私は少しばかりほっとしたものです。
さらにS医師は、自分の腕に絶対の自信を持っていました。ある時、治療法のまだ確立していない難病の手術を手がけたことがありました。私は手術で治す自信がなかったので、S医師に、
「手術で治りますかねえ」
と不安気に尋ねると、
「治せないような手術なんかしないよ」
とはっきり言い切りました。そして見事、手術を成功させたのです。
S医師の診断的直感は、これまたすごいものがありました。
ある時交通事故でお腹を打った小学生が、救急車で運ばれて来ました。レントゲン写真や超音波検査をしても異常はありません。お腹を診ても、腹膜炎を起こしたような外科腹(げかばら=緊急手術が必要な腹部所見を、外科ではそう呼んでいます)ではなく、ただ、顔色がすぐれないところだけが気になりました。
私は入院させて様子を見ようと思ったのですが、S医師は、しばらく考えると手術を決断しました。
「あの顔つきはおかしい。交通事故でなければ様子を見るが、事故でお腹を打っているなら、何かがお腹の中で起きている」
という直感からでした。
お腹を開けると、腹水もなく、変わったことは何もありませんでした。
「空振りかな?!」
とつぶやきながら、胃から腸を少しずつたどって行きました。すると、小腸に、2センチくらいの穴が開いていました。お腹を強く打ったときに破れたのです。まだ腸内容が腹腔内に漏れ出ていなかったので、お腹の症状がほとんど出なかったのです。
その穴を縫合閉鎖して、手術は終えました。もちろんすぐこの少年は回復しました。
「病気は顔に出る」という金言を、S医師から教わりました。
聞き分けのない幼児は、診察するときに泣いてしまうのでお腹に力が入ってしまい、お腹を診断する者にとってはいつも困りものです。特に外科の場合は、その所見の見立てが手術の良否に直結します。
そんな時S医師は、幼児に見えないように床を這って行き、ベッドの下にもぐり込みます。寝た子のそばにお母さんを座らせ、自分はベッドの下から手だけを出し、幼児を泣かさないようにして診察していました。これもグッドアイデア賞ものでした。
手術されるなら、こんなゴールデンハンドの持ち主にしてもらいたいものです。
〈つづく〉
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