6章 私の医療あり方論 <4-22> 私の診療心得 ㉒ 小児患者診察の秘策―ベッドの下の名医
<4-22> 私の診療心得 ㉒ 小児患者診察の秘策―ベッドの下の名医
この外科医のことは、以前「2章 <15> 良いお医者―ゴールデンハンド」で書きました。
私が若い頃に勤めていた一般病院の外科部長です。
卓越した手技と鋭い勘を備えた医師でした。何より印象に残っているのは、その患者への向き合い方でした。
ある日、小児科病棟から診察の依頼がありました。3歳の子どもの腹痛です。
小児の腹部診察ほど、外科医にとって難しいものはありません。白衣を見ただけで泣き叫び、腹筋が緊張してしまうからです。
部長は病室に入ると、付き添っていた母親にそっと唇に指を当て、そのままでいるよう合図しました。
そしてためらうことなく床に四つん這いになり、白衣のままベッド下に潜り込んだのです。
子どもは医師の存在に気づきません。見えているのは母親の顔だけです。
その静かな空間で、ベッド脇から伸びた一つの手が、そっと小さなお腹に触れました。
外科医にとって腹部は、言葉を持たない書物です。
腹壁の硬さや圧痛といった微妙な感触から、緊急手術を要する「外科腹」かどうかを読み取ります。
泣き叫ぶ身体は、その声をすべて閉ざしてしまいます。
だから部長は、医師である自分を一度隠しました。白衣を脱ぐ代わりに、視界から消えたのです。
触診の結果、緊急を要する所見はなく、経過観察となりました。
その後も子どもを驚かせないよう配慮しながら検査が進められ、腹痛は自然に治まり、無事に退院していきました。
私はこの出来事から、医療の本質を学びました。
診るべきは病変だけではなく、患者が安心して身体を預けられる状態そのものだということです。
名医とは、立って診る人ではありません。
必要とあらば床に伏し、患者の世界に身を沈めることのできる人なのだと思います。
〈つづく〉
┌───────────────
│いのうげんてん作品
│
│①著作『神との対話』との対話
│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》
│
│②ノンフィクション-いのちの砦
│《 ホスピスを造ろう 》
│
│③人生の意味論
│《 人生の意味について考えます 》
│
│④Summary of Conversations with God
│『神との対話』との対話 英訳版
└───────────────




