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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
2章 医者もいろいろ
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<10> 変わったお医者-怪物くん

 「怪物くん」とは、漫画家・藤子不二雄作の少年漫画のことです。数年前にテレビでもドラマ化されましたので、皆さんご存じの方も多いでしょう。


 私が研修医時代に教わったU医師は、身長はゆうに180cmを越え、体重は100kgはありそうな、どでかい図体。「怪物くん」に出てくるチェ・ホンマン扮するフランケンに姿、形がそっくりでした。(←(^ω^)顔付きはもう少し美男子でした。チェ・ホンマンさん、ごめん)


 昔は研修医制度といっても、ただ無給でなくなったというだけの代物で、不足の生活費稼ぎに土日も含めて週に1~2日、アルバイト(←(^ω^)名目は研究日)に出ていたのです。


 私はまだ駆け出しの医者ですから、たかがアルバイトといえどもその病院で教わることも多く、U医師からいろいろ学んだのです。


 U医師はといえば、さかのぼること20年前、山形からはるばる東京に出て来て、医科大学に入学したのです。


 その時、東京で初めて口にした都会風ラーメンの美味に取り付かれ、何といちどきに12杯をたいらげたとあっては、何か化け物の話しをしているようです。


 このU先生は抜群の体力の持ち主で、夏の炎天下に、20km近く離れた病院を3時間歩いて通ったといいますから、そのすごさは分かろうというもの。


 さらにU先生、体力もさることながら度量はそれに輪をかけたようで、まさに外科医そのものでした。


 外科医というと、すぐ豪胆な人物を想像しますが、そうばかりでもありません。ストレスで患者ならず医者自身が十二指腸潰瘍を患い、下血しながら手術していた友人(外科医)を2人ほど知っています。


 ところがU先生は、「これぞ外科医!」と太鼓判をおせる、豪放らい落な性格でした。


 卒業したての私に、手術(外来でできる小手術ですが)を、1、2度教えたら、


「はい、君やってね」


 そういうが早いか、手術室から出て行ってしまいます。


「ちょっと、ちょっと!できませんよ」


などとは思っても、患者を前にしていうことはできません。


 汗をかきかき奮闘して、たいがいはうまくいったのですが、時になかなか終わらないこともあります。


 そういう時は心得たもので、ころ合いを見計らって、


「やあ、ご苦労さん」


とばかりに手術室に顔を出し、サッサッとものの5分くらいでU先生は片付けてしまうのです。


 こちとらは1時間かかっても終わらないのに、バツの悪いことったらありゃしない。


 患者が怪訝そうな顔して、


「これって、こんなに簡単な手術なの?!」


 私を見やっていやみをいいます。


「いや。ほとんどこの先生がやってくれてたからね」


 あっけらかんとそういういうと、U医師はまた出て行ってしまいました。


 U医師は、娘・息子が盲腸(虫垂炎)だといっては躊躇なくメスを取ります。


 普通の医者は、患者が家族の場合には、私情が入りますから慎重になります。手術などは他の医者にやってもらうことが多いのです。それなのにU先生はそんなことは少しもお構いなし。


「あ、これ盲腸だ。手術だ、手術」


 家族なのにいとも簡単に診断して、手術しちゃいました。


 1年くらいして、彼自身も美味のラーメンの食べ過ぎからか胆石を患い、切ってくれとばかりに自分の病院の手術台に乗りました。手術は彼の同僚医師が執刀したのですが、私は主治医を務めたのです。


 たまげたことに、術後5日目、彼は病院からいなくなってしまいました。


 普通は、手術後1週間で抜糸し、2週間くらいで退院するのですが、5日目に自分でドレーン(腹腔に挿入する排管)を抜いて、2kmも離れた自宅まで歩いて帰ってしまったのです。


 やっとのことで居所を探しあてた私に向かって、笑っていいました。


「やっぱり歩くと疲れますね」


 いやはや恐れ入りました。U医師はやはり「怪物くん」でした。


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