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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
   私の診療心得
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<4-9-4> 私の診療心得 ⑨-4 「キーパーソンが鍵」ー クレーマー

<4-9-4> 私の診療心得


⑨-4 「キーパーソンが鍵」ー クレーマー


 ことあるごとに文句をいう人がいます。いわゆるクレーマー(常習的苦情者)という人です。


 ある時病棟の師長から、入院患者のAさん(80代の認知症のおばあさん)のキーパーソンについて相談がありました。長男がキーパーソンでした。


「病院に来るたびに受付や私たちに文句を言うんです」


 どんな文句かと聞くと、服に食べ物の汚れがあるとか爪が長いとか、細かいアラ探しのようなクレームだというのです。いくら説明してもらちがあきません。


 しかもその長男は、クレームを付ける割には、来院しても、奥さんだけを病棟に行かせて、自分は1階の玄関前ホールで休んでいて、実の母親である患者さんには会おうとはしません。手続きが終わると、さっさと帰ってしまうのです。


 来院するたびに文句を言われては、スタッフも気分が悪くてやっておれません。そこで師長が私に相談に来たのです。


 どうも、クレーマー臭いと私は考えました。


 Aさんは入院した当初は、ヨロヨロと歩いていましたが、次第に衰弱して歩けなくなりました。そこで、車椅子に乗せてケアしていましたが、さらに衰弱して食べることもおぼつかなくなりました。


 入院して1年ほどたつ頃、容態も悪くなったので、いよいよ最期が近いことを、その長男を呼んで話しました。


 その風貌や態度は、やはり普通ではありません。私に対峙して、椅子に座りながら足を投げ出しているのです。


「いよいよ最期の時が来ました。これ以上当院でできることはないので、最善は尽くしますが、亡くなられることもありうると、覚悟しておいてください」


 ゆっくりそう病状を説明しました。すると、


「最善を尽くすと言ってるのに、できないと決め付けるのはおかしいでしょう」


 屁理屈をこねるのです。


「もし、治るなら、フランスにでも出かけますよ」


 そう言ってのけます。


 話が振り出しに戻ります


「もちろん最善は尽くしますが、駄目なこともありうると、思っていてください」


「やってみなけりや、分からないでしょう」


 この繰り返しでした。


 だいぶ長い時間話しましたが、結局は、これ以上できないことを受け入れてもらうことができませんでした。


「当院ではこれ以上無理なので、他の病院を当たってみたらどうですか」


 喉まで出かかっていましたが、もしそれを言えば、恐らくこういう人は、責任放棄だとまたクレームを付けるだろうと思い、私は言えませんでした。


 そのあと事務室に寄って、事務手続きをしました。


 その時、 ナースセンターでの話し合いの場に同席していたケアマネージャーが一言、


「そんなにご不満なら他の病院を探してみたらどうですか」


 とたんに顔色が変わりました。


「いえいえ、そんなことは全く考えていません。どうかここに置いてください」


 突然低姿勢になったのです。


 当人は、母親の入院できる病院はここしかないと分かっていながら、気晴らしのようにクレームを付けていたのです。この病院におれることを前提にしていたのです。


 ところが、「他の病院に行くことも考えてください」という一言で、その前提が崩れてしまい、狼狽ろうばいしたのです。


 この豹変ぶりには私も驚きました。ケアマネージャーの一言で変わることもあるのだなあと感心しました。1時間近く話して駄目なのに、1分でひっくり返る。勉強になりました。


 それ以後、クレームを付けることはいっさいなくなりました。


 それから1カ月半ほどして、患者さんは亡くなられました。その長男も家族も、大変感謝しておられ、私は胸をなでおろしたのです。


〈つづく〉


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│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│ 《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│ 《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│ 《 人生の意味について考えます 》

│④Summary of Conversations with God

│ 『神との対話』との対話 英訳版

└───────────────


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