<1-6> 『患者中心の医療-ホスピス』 横浜市民講座講演録 その6 ホスピスケアの三原則 その2
<1-6> 『患者中心の医療-ホスピス』 横浜市民講座講演録 その6 ホスピスケアの三原則 その2
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【前話】 ホスピスケアの三原則は、①本人の意思と尊厳を大切にする、②苦痛などの症状をコントロ-ルする、③QOL(生活の質)を大切にする、があげられます。
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② 症状のコントロ-ル
4)ホスピスケアの妙技:モルヒネとステロイドを使いこなす。
モルヒネとステロイドを上手に使いこなすことが、ホスピスでのペインコントロールの妙技だと思います。
ある日外来をやっていると、近々がんセンターに入院予定の女性が、私の外来に初診で来ました。なぜかというと、がんセンターの入院日前にあまりも末期状態で苦しくなったために、当面の苦しみを緩和してほしいと希望して来たのです。
患者を診ると、車椅子の上で今にも崩れ落ちそうに横たわっていました。表情は苦痛でゆがみ、言葉も出ないほどの衰弱ぶりでした。
私は早速入院させ、モルヒネの持続皮下注を指示してから、また午前中の外来をこなしました。外来を終えてから、入院したその患者を診に行きますと、何とベッドの上でラジオを聞いているのです。ラジオを聞けるというのは、よほど心身の余裕がないと出来ません。
モルヒネを上手に使うと、それほど素早く苦痛状態を緩和してくれるのです。
また、最近食欲がなくてほとんど食事を取っていないといって、ある高齢の患者さんを家族が連れて来ました。私は、点滴の中にステロイドを少し入れました。
昼に入院させて夕方家族が来てみると、その老人は夕食を全部食べていました。それを見た家族は、
「なんなの!これってどうしたの」
と驚いていたのです。
それほどまでにステロイドの効果には絶大なものがあるということです。
ホスピスケアでステロイドを使うことを経験してから、私はステロイドを比較的よく使うようになりました。外科をやっていたときには、ステロイドというものはほとんど使ったことがありません。大変恐い薬だという先入観を持っていたからです。
しかし経験則から、ステロイドを上手に使うと、3日でその効果が出ることを知りました。
3日の内に大変良い反応をして病気が良くなっていく人は、そのまま治っていきます。反対に3日しても全く反応の無い人は、まもなく死亡します。
その中間で、少しは反応するが良くなったり悪くなったりする人は、月単位で死亡します。
これは私が得た経験則なのです。
同僚医師にそれを話すと、それは凧のようだというのです。凧とは実にうまい表現だと思いました。
凧を揚げるときに、いくら揚げようとしても地面を擦って揚がらないものもあります。その反対に、1度揚げると大空に高く舞いあがって、そのまま舞い続けるものもあります。
それで、勝手に「凧の法則」と命名しました。
③QOLを大切にする
ホスピスケアの三原則の3番目は、「QOLを大切にする」です。
QOLは、クウォリティ・オブ・ライフ(Quality Of Life)の略で、生活(あるいは生命)の質をいいます。QOLを大切にするとは、その量より質を大切にしようというものです。
痛みがとれると、心身に余裕が生まれ、何かをしたいという願望が生まれます。
QOLが大切になるのです。
QOL向上の具体的な方法として、ホスピスでは、面会・外出・外泊は自由にする、ホスピスから会社へ通えるようにする、家族も泊まれるようにする、個室のミニキッチンで好きな食事を作れるようにする、適度なアルコールは許可する、色々な行事・法話・結婚式・生前葬などの機会を提供するなど、いろいろあります。
生前葬なんて普通の病院ではありえませんね。
会社の社長さんでしたが、肺がんで末期の状態でした。まさに息たえだえで、チアノーゼ(皮膚が青紫色を帯びること)が出ています。
自分の会社を息子さんに継がせたいために、ホスピスから会社に通いました。会社から帰ると、酸素吸入をしてぐったりとベッドに倒れこみます。引き継ぎを終えてから、3日して亡くなられました。
お坊さんに法話をしてもらったり、牧師さんに説教をしてもらったりします。それは、会堂という20人ほどが入れる小さなホールで、患者さんの自由参加で行っているのです。
プライベートタイムを保証しようということで、ドアノブにプレートを下げることにしました。ホテルによくある、「Don’t disturb」というものと同じです。もしそのプレートがかかっているときは、いくら回診といってもドクターも入ることはできません。
一般の病院ですと医療者優先です。患者さんのプライバシー保護は脆弱で、たとえ裸になっていても、時かまわずスタッフは入室します。
急性病ですからそれは仕方ないことですが、ホスピス病棟では患者のプライベートな時間を作ってあげようということで、スタッフがそういうアイデアを出し、大変好評でした。
ホスピスには、「人は生きてきたように死んでいく」という金言があります。
60代の甲状腺がんの男性でした。甲状腺がんが気管と頸椎に食い込んで、声も嗄声(させい=かれ声)となり、四肢も麻痺をきたしていました。そういう状態になっても彼は、神田に行って金の延べ板を買って来いと娘さんに命じていました。病床でそれを眺めていたいというのです。
もう1人の人は天理教の人でしたが、日ごろから社会に奉仕することを生き甲斐としていました。その人は、看板などにペンキで字を書く職人さんだったので、病院中の必要なところのプレートすべてに字を書いてもらいました。それを快く引き受けて下さいました。
今にも死ぬかも知れないという状況にあってもかくのごとくで、「人は急には変わることができない」というこの金言の意味合いがよく分かります。
〈つづく〉
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│いのうげんてん作品
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│①著作『神との対話』との対話
│ 《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》
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│②ノンフィクション-いのちの砦
│ 《 ホスピスを造ろう 》
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│③人生の意味論
│ 《 人生の意味について考えます 》
│
│④Summary of Conversations with God
│ 『神との対話』との対話 英訳版
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