<5> だまされた
医者を長くやっていると、時には、患者にだまされることもあります。
茨城の病院に勤めていた時のことです。
昼休みで休憩していると、受付から電話がありました。
「お腹を痛がっている患者が来ています。救急外来に来てください」
「さては急性腹症だな」(豆知識参照)と、気を引き締めて外来に行ってみると、50代と見える男性が「痛い、痛い」と言う割には、笑顔など作って、「どうも」と椅子に座ったままお辞儀をします。
新潟の会社役員と書かれた名刺をこれ見よがしに差し出し、東京での商談の帰りに痛みに襲われたと、じょう舌に事情を説明するのです。
「ベッドに寝てください」
医者は、患者の表情から動作までをよく観察して、その重症度を勘で読み取ります。笑顔があったり、流暢に話せれば、それほど重篤ではないといえます。
この患者は、私に言われるまま、身軽にさっさとベッドに横になりました。本当の重症者なら、初めからベッドに寝ているか、移動に他人の介助が必要です。
お腹を出させて触ってみても、とくに大きな所見はありません。
「はて、ほんとに痛いの?」と聞きたくなる気持ち。
「調べてみないと分かりませんから、ちょっと検査してみましょう」
すると、とたんに困った顔をして、
「今、新潟に帰る途中なので、急いでいるんです」
またまたじょう舌な口ぶり。
新潟に帰るにしては、途中下車した駅からだいぶ離れた病院に来たなと、妙に思っていると、やにわにズボンのポケットから、遠慮がちに、小さなメモ書きを取りだして見せるのです。
「かかりつけの病院の先生が、痛いときにはこれを注射してもらえと言っていました」
鉛筆で走り書きしたメモを見ると、「ソセゴン」とあります。ソセゴンは、緊急時に使う強力な痛み止めです。
「ソセゴンを打つほどひどいなら、超音波検査くらいはやりましょう」
「余り持ち合わせがないので、なるべく簡単に願います」
ああ言えばこう言うで、医者の応対にも慣れた様子です。変だなとは思いましたが、恥ずかしながら、その時は気付きませんでした。
「そんなに痛いのなら、注射しましょう」
ソセゴンを1アンプル注射しました。
「この注射は眠くなるから、1人で帰るのは危ないので1日入院しなさい」
とすすめると、
「弟がタクシーで待っていますから大丈夫です」
と言うが早いか、元気そうにそそくさと帰って行ってしまいました。
「変な患者だなあ……」
見送りながら、はっと気付きました。
「ソセゴン中毒だ!」
よくよく考えてみると、(←(^ω^)ちょっと考えれば分かるのにね)おかしなことだらけです。痛い痛いという割には元気な顔付き、身軽な動き、じょう舌な話しぶり、特定の注射を指定したメモ書き、新潟から東京に来たのにお金がないことなどなど。考えてみりゃおかしなことだらけです。
ソセゴンは、中毒(依存症)になりやすい鎮痛剤です。病院の薬剤保管庫から、盗まれる事件がたびたびあるのです。
まんまとやられました。
しゃくにさわって、もらった名刺にある会社に電話を入れました。案の定、
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません……」
でした。(トホホ)。
* 豆知識
急性腹症 激しい腹痛が突発し、急性の経過をとる腹部疾患の総称。外科では、緊急手術となることが多いため、通称、外科腹と呼んでいる。
*本サイト掲載の〈いのうげんてん〉著作「『神との対話』との対話 http://ncode.syosetu.com/n6322bf/」 に、「セックス」について書いています。興味のおありの方はご覧ください。(←(^ω^)これ宣伝)
┌───────────────
│いのうげんてん作品
│
│①カルテに書けない よもやま話
│
│②著作『神との対話』との対話
│ 《 あなたの人生を振り返る 》
│
│③ノンフィクション-いのちの砦
│ 《 ホスピスを造ろう 》
└───────────────




