昨日の今日は
昨日の今日は
--------------------------------------------------------------------------------
握り合った手を離すことが出来ず、
溢れる涙に視界を遮られながら私は引かれるままに歩道を歩いていた。
手を握っていてくれるのは、男友達のユリだ。
程よく仲が良かった私と男友達のユリは、卒業を終えて帰路についていた。
「ミキ、泣くなよ。」
最初は何も言わなかったユリが呆れた風に言う。
振り返りもせずただ淡々と歩いていたのだが、ユリは流石に無視し続けるのを止め、歩みを止めた。
「だって、だって〜。」
顔を真っ赤にした私はずずっと鼻を啜る。いったいどこにそんなに水があったんだと思わせるくらい涙がぼたぼた零れてそれを時折拭いていた袖がびしょ濡れになっていた。
「だってなんだよ。主語いれていえよ。主語を。」
ほれ、ハンカチ。と新品のハンカチを差し出してユリは硬く握る私の指を一本一本ゆっくりとほぐす。緊張で強張った手はユリが眉を寄せるほど思い通りに動かなかった。
「ユリの意地悪ぅ。卒業式に泣かないほうがおかしいんだよ。皆と別れて寂しくないの!?」
「ミキがいればそれでいいし。」
ユリはさらりと言う。
大して恥ずかしくないのか、普段どおりにてきぱきと私の身の回りの世話をしながら、涙でびしょ濡れになったハンカチを受け取り、ポケットにねじ込んだ。
変わりに取り出したのは、タオルとティッシュ。
まずティッシュを差し出し、鼻かめよ。と言った。
私はちょっとだけ照れてティッシュを受け取り鼻をかんだ。
涙を流すときにでる鼻水は何故こんなに水っぽいのだろう。すすっても出てきそうで涙もろい私の顔はものすごいことになるのに。
「まあ、一緒の高校だから寂しくないだけで、これでちがかったら俺は泣くね。誰かさんみたいにさ。」
涙を拭け。ごしごし私の顔を擦る。
「うん。ごめんなさい。」
「べつに、怒ってない。」
ユリはタオルをしまうと、くるりと踵を返した。
「帰るから。」
一言告げてまた歩き出す。早足ですたすたと私の先を歩いていってしまう。
何度もおいていかれそうになる中、時折足を止めてくれる。
「早くしろよ。」なんて声はかけない。
ユリは自分のペースを、私に合わせてくれるのだ。
「ユリ、ユリ。」
なまえを呼ぶだけの能のない私を、親鳥のように守るユリ。
自分のこともあるだろうに、それよりも私を優先するユリ。
口が悪くても、心はいつも私に優しいユリ。
今日も、昨日も、明日も、変わらない、不変の日々。
……そう信じてやまないくせに、頭の中で不安が渦巻いてる。
卒業したら、クラスメイトはほとんどが違う。世話好きのユリが、他の子を世話するようになったらどうしよう。
なんて、自分がほおって置かれるのが嫌なだけの嫉妬じみた独占欲。
綺麗な心のままでいられる筈がなかった。
独占欲だけの恋とは呼べない、『好き』。
愛してるとか、恋人たちがかけあう『好き』ではない。
恋と認識するのが、恐ろしく怖い『好き』。
恋ではないと思っておこうと決めた私の心。
独占欲で汚れたこころ。
あの足音が遠くなることが、こんなにも切ないことだったなんて。
誰が教えてくれただろうか?
私は歩調を速め、先を行く友人の手を握る。
彼は私を見て驚いたように眉を上げたが、すぐにいつもどおりのクールな微笑を浮かべる。
やはりたいしたこともなさそうに、ユリはぎゅっと手を握り返してくる。
それが、昨日の今日で変わらない愛しさ。
これも5、6年前に別HNで書き上げた作品。
日々変化する子ども時代の中で変わらないものを見つけ出そう、というところを重点的に書きました。卒業シーズンの作品。