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16/22

16 疑念


 


 王城へ向かう馬車の中で、私は窓の外をぼんやりと眺めていた。


 石畳の道を進む車輪の音が、規則正しく響いている。

 王都は相変わらず賑やかだったが、今日は不思議とその喧騒が遠く感じられた。


(・・・・・・今さら処罰なんてことはないと思いたいが)


 狩りの日のことを思い出し、私は小さく息を吐く。


 レイノルドに対して、私はかなり踏み込んだ発言をした。

 しかも、ただの見習い騎士の立場で。


 あの時は巨大魔獣の襲撃で話が中断されたが、冷静に考えれば不敬罪を問われてもおかしくはない。


 向かいに座るマクシミリアンが、ふとこちらを見る。


「もしかして緊張していらっしゃるんですか?」

「少しな」

「珍しいですね」

「余計なお世話だ」


 そう返すと、彼の口元がわずかに緩む。

 最近のマクシミリアンは、時々、柔らかい表情を見せるようになっていた。

 再会した頃の堅物を絵に描いたような彼からは、想像もつかない。

 

(しかし、いくら前世で私の部下だったからといって、今世でも世話をやことうしなくてもいいのに)


 あの日。

 私がリーゼロッタだと打ち明けてから、彼の態度は驚くほど変わった。

 以前のような距離感は消え、今では何かにつけて気にかけてくるし、視線も妙に温かい。

 本人は平静を装っているつもりらしいが、周囲には完全にばれている。

 エミリアなど、出る間際まで「団長は絶対おかしい」と騒いでいたくらいだ。

 そのことを思い出し、少しだけ笑いそうになった、その時。


「でも、ご安心ください」


 マクシミリアンが静かに口を開く。


「たとえ俺の命に代えてでも、あなたのことは守ってみせますから」


 私は思わずぱちぱちと瞬きをした。

 いつから彼はそんな台詞をさらりと言うようになったのだろう。


(さすがに、これは照れるだろ・・・・・・)


 私は僅かに赤らんだ顔を誤魔化すように、窓の外へ視線を戻した。

 

 しばらくすると、巨大な白亜の城が見えてきた。

 ハルデンベルグ城。

 陽の光を浴びた城壁は光り輝き、まるで巨大な神殿のような威厳を放っている。

 だが、その美しさを見るたびに、胸の奥に冷たいものが走る。


(私はここで死んだ)


 14年前。

 レイノルドの誕生日祝いに駆けつけた、あの日。

 誰かに飲み物に毒物を仕込まれ、私は暗殺された。

 時々、今でもあの日の夢を見る。

 無意識に肩に力が入ってしまう私に、マクシミリアンが気づく。


「リズ、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 私は短くそう答え、馬車を降りた。


「執務室にご案内いたします」


 案内係にそう言われ、私達は中へ通される。


(前回は謁見の間だったのに、どうして今回は執務室に呼ばれたのだろう)


 そんなことを考えながら王城内を進む。

 内部は相変わらず豪奢だった。

 けれど、その美しさとは裏腹に、城全体が張り詰めた空気に包まれている。

 すれ違う女中達は皆、顔を伏せ、どこか怯えるように足早に通り過ぎていく。

 当たり前だが、笑い声ひとつ聞こえてこない。


(やはり、今の王城は息苦しい)


 昔はもっと穏やかな場所だった。

 王と王妃は仲睦まじく笑い合い、小さなレイノルドは庭で蝶を追いかけて走り回っていた。

 なのに今のこの城は、まるで巨大な氷の檻のようだ。


 その時。

 窓ガラスの外、薄暗い庭園の奥で、灰色の髪をした男が一人立っているのが見えた。

 その顔は紙のように白く、まるで亡霊のようだった。

  

(あれは・・・・・・)

 

 どこか見覚えのある顔に目を凝らしかけた、その時。


「こちらへどうぞ」


 案内係が執務室の扉を開けた。

 それほど広くはない部屋の中央、机の向こう側に、レイノルドが座っているのが見えた。

 そして、当然のように彼の隣にはシュネーベルクの姿がある。


 私とマクシミリアンは中に入ると、二人同時に膝をつく。


「面を上げろ」


 静かな声だった。

 私は内心身構えながらも、顔を上げた。

 だが、次に続いた言葉は予想外のものだった。


「先日の件、ご苦労だった」


 思わず、私達は目を見張る。

 しかし、それ以上に驚いていたのは隣に居るシュネーベルクの方だった。


「殿下・・・・・・」


 シュネーベルクがどこか苛立ったように口を挟もうとしたが、レイノルドはそれを手で制する。


「巨大魔獣の討伐、見事だった。特にリズ、お前の働きがなければ被害はもっと大きくなっていただろう」


 その声音は相変わらず静かだったが、以前のような露骨な冷たさが薄れている。


(まさか、今のレイノルド様からお礼の言葉を聞ける日が来るなんて・・・・・・)


 私は少し驚きながらも、頭を下げた。


「勿体ないお言葉です」

「今日お前達を呼んだのは、内々に見せたいものがあったからだ」


(なるほど。だから、我々をあえて人払いをした執務室に呼んだのか) 

 

 レイノルドが、机の引き出しから黒い石を取り出してくる。

 それは拳大ほどの、不気味な核だった。


「魔獣の死骸を調査した結果、体内からこれが見つかった」


 その瞬間、マクシミリアンの表情が険しくなる。


「・・・・・・魔力核、ですか?」

「ただの核ではない。人為的に埋め込まれた形跡がある」


(やはり思った通りだ)


 私は息を呑む。


「つまり、誰かが意図的に魔獣を改造したと?」

「その可能性が極めて高い」


 蒼穹のような青い瞳が冷たく眇められる。


「私には敵が多い」


 その言葉には、妙な重みがあった。


「歯向かう者はことごとく排除してきたからな。疑わしきはその親族、関係者、あるいは亡くなった兄上の・・・・・・」


 レイノルドはそこで口を閉ざすと、ふっと冷笑を浮かべる。

 彼から漂う強い虚無感に、たまらなく胸が痛んだ。

 

(もしかしてレイノルド様は人を信じること自体をやめてしまったのかもしれない・・・・・・)


「マクシミリアン、この件、お前とリズが中心になり、詳しく調査しろ」

「リズとですか?」

「あの現場にいたんだ、適任だろ」

「承知しました」

「徹底的にやれ」

「必ずや」


 レイノルドはマクシミリアンとそんなやり取りを交わすと、ゆっくりと私の方を向く。


「・・・・・・リズ」

「はい」


 なぜか空気が変わった気がした。


「お前、生まれはどこだ?」


 唐突な質問に軽く驚きながらも、私は素直に答える。


「国境近くの小さな町です」

「家族は?」

「母と弟がいます」

「そうか」


 彼は立て続けに他にも質問をしてきた。

 幼い頃に読んだ物語、政治に対する考え方、そして貴族と平民の関係についてなど。

 最初、私は深く考えずに聞かれるがまま答えていた。


 だが、途中ではっとする。


(まずい)


 レイノルドの目つきが、明らかに変わっていた。

 何かを確かめるような、探るような眼差し。


「平民の出にしては、随分と変わった考え方をするんだな」

「そうでしょうか」

「まるで昔の・・・・・・」


 彼はそこで言葉を切った。

 私は自分の胸の鼓動が速くなっていくのを感じていた。


 部屋の空気が静まり返った中、レイノルドがゆっくり口を開く。


「最後に、お前はどうやって三重詠唱を身につけた?」


 私は、言葉に詰まる。


 三重詠唱。

 この国でも扱える者はほとんど存在しない領域。

 そして、それを自在に扱った人物を、おそらく彼はたった一人しか知らない。


 私はなおも平静を装いながら答える。


「昔から魔力だけは強かったものですから」

「それだけで扱えるものではないだろ」


 レイノルドの眼光が鋭く私を射抜く。

 しかし、同時にその瞳の奥にかすかな揺らぎも見えた。

 疑念と困惑、そしてほんの少しの期待。


「お前は・・・・・・」


 彼は立ち上がると、ゆっくりと私の目の前まで来た。

 レイノルドがまっすぐに私を見つめながら問う。


「もしかして昔、私とどこかで会ったことがあるか?」


 その瞬間、幼い日のレイノルドの笑顔が脳裏をよぎる。


『リーゼ姉様!』


 無邪気に笑ながら駆け寄ってきた、あの小さな少年。

 私は胸が苦しくなるのを感じながらも、それでも首を横に振る。


「・・・・・・いいえ。おそらく殿下とお会いしたことはありません」


 しばし、沈黙が横たわる。

 レイノルドはしばらく私を見つめていたが、やがて静かに目を伏せた。


「そうか」


 ぽつりと落ちたその言葉は、どこか寂しそうに響いた。

 私達は一礼し、部屋を後にする。

 

 扉が閉まる直前。

 私はシュネーベルクの視線に気づいた。


 彼は全くの無表情だったが、その目だけが異様に冷たい。

 まるで獲物を観察する蛇のように、じっと私を見ていた。


(・・・・・・なんだ?)


 背筋に嫌な寒気が走る。

 

(あの男、私を警戒してるのか?)


 目が合ったのはほんの一瞬だったが、疑念を抱くには十分だった。



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