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13 猟遊②




 風が嵐のようにざわめく。

 森全体が私の呼吸に呼応するように、音を立てながら激しく揺れていた。


「逃げろ、リズっ!」


 マクシミリアンは魔獣に押し切られそうになりながらも、そう声を上げる。

 しかし、私は首を横に振り、詠唱を続けた。

 不思議なほど、自分でも落ち着いていた。


 やがて、周囲の空気が変わる。

 びりびり、と肌を刺すような圧力が辺り一帯へと広がっていく。

 異変に気づいた魔獣がこちらを見ると、その赤黒い瞳を鋭く細める。


(今更気づいても、もう遅いっ!)


 その瞬間、私は呪文を言い放つ。



『猛き炎よ、我が前に集え』



『疾風よ、天を裂け』



『戒めの鎖よ、その身を縛れ』


 

 三つの魔法陣が同時に展開され、そのまま魔獣の頭上で重なり合う。

 それを見た周囲の者達が、一斉に凍りつく。


「なっ・・・・・・まさか三重詠唱だと?」


 誰かが呆然と呟く。

 

 当然だ。

 常人なら、一つの高位魔法を維持するだけで精神が焼き切れる。

 なのに、私は今、三つの術式を同時展開していた。

 膨大な魔力、精密な術式制御、そして同時並列思考。

 どれか一つが欠けても成立しない、この国で扱える者などほとんど存在しない領域。

 

(リスクがあるのは承知している。だが、これでないと二人を救えない!)

 

 次の瞬間――――魔法陣が眩く発光する。


 異なる属性の術式が絡み合い、空間そのものを震わせた。

 熱風が赤髪を大きく巻き上げる。


 マクシミリアンの瞳が大きく揺れたのは、その時だった。

 まるで、遠い昔の幻を見るように愕然とした顔で彼は私を見つめていた。


(・・・・・・気づかれてしまったか)


 私はそう直感する。

 だが、今はそれどころではない。


 私は魔獣をまっすぐ見据えた。

 かつて幾千もの敵を焼き払った時と同じ眼差しで。

 そして、最終詠唱を行う。



『我が名のもとに、一切を殲滅せよ』



 恐ろしい轟音と共に、炎の奔流が魔獣を飲み込む。

 同時に暴風がその巨体を空中へ押し上げる。そして、次の瞬間さらに黄金の鎖が空中から降り注ぎ、魔獣の四肢へと絡みつく。


 しかし魔獣は咆哮しながら、その戒めを解こうと死に物狂いであがく。


(まさか、信じられない・・・・・・これだけの攻撃を受けても倒れないだと?!)


 小さな村ならば全てを滅ぼしてしまうほどの威力をもつ魔法を叩きつけたにも関わらず、なぜか魔獣は倒れない。


(おかしい、これは絶対に何かある・・・・・・!)


 私は術式を維持したまま、一歩前に踏み込む。

 すると、魔獣の胸部に埋め込まれた異様な光を放つ黒い核が見えた。


(やはり!!)


 普通の魔獣ではなく、誰かが意図的に強化している。

 あれを壊さなければ、この戦いは終わらない。

 気づけば、私は彼を昔と同じ呼び方をしていた。


「マクシミリアン、右脚を止めろ!」


 一瞬、マクシミリアンの目が大きく見開かれる。

 しかし、彼の体は反射的に動いていた。

 

「――――承知!」


 銀閃。

 マクシミリアンの剣が迷いなく魔獣の脚を深々と切り裂く。

 巨体がぐらりと傾いた隙に、私は最後の術式を構築する。



『貫け、闇裂く光条』



 圧縮された炎槍が一直線に走る。

 空気を焼きながら放たれた一撃は、寸分違わず魔獣の胸を貫いた。

 次の瞬間、内部の核が真っ二つに砕け散る。

 凄まじい衝撃と共に、黒い巨体が崩れ落ちていく。

 土煙が舞い上がる中、辺りには荒い呼吸音だけが残っていた。


 私はふらりとよろめく。

 三重詠唱の反動が、一気に体へ押し寄せてきた。


(さすがに「この体」には少々酷だったか・・・・・・)


 視界がぐらりと揺れる。


「リズっ!」


 倒れかけた私を、マクシミリアンが支える。

 彼の腕は逞しく、そして熱かった。

 私は小さく息を吐く。


「・・・・・・団長、助かりました」


 だが、返事はない。

 マクシミリアンはただ信じられないものを見るような目で、私をじっと見つめていた。

 その瞳の奥には、震えるほどの確信が宿っていた。


「リーゼロッタ・・・・・・様・・・・・・」


 その掠れた声を聞き、私は目を閉じたくなる。




 一方。

 

 少し離れた丘の上では、漆黒の軍服を纏った一人の青年がその戦いを食い入るように眺めていた。

 そして、崩れ落ちた魔獣を見ると、その男は愉快そうに喉の奥でくつくつと笑いだす。


「なるほど・・・・・・どうやら先を越されたようだな」


 隣の部下が彼に問う。


「ヴィクトル殿下、我々も参りますか?」

「いや、やめておけ」


 ヴィクトルは目を細めると、遠くに立つ赤髪の少女を捉える。

 その朱色の瞳には、獲物を見つけた捕食者のような鈍い光が滲んでいた。


「今日はなかなか面白いものが見れたからな」


 獰猛で自信に満ちた笑みを浮かべ、彼が低く呟く。

 

「・・・・・・あれは使える。さあ、皆の者、今日のところはメルクールに帰るぞ!」


 黒豹のような青年はそう言い放つと、颯爽と踵を返した。



◇◇◇◇◇



 軽傷ではあるものの負傷した私とマクシミリアンは、王太子のために用意された馬車に特別に乗車することを許される。

 しかし、車中では誰一人として喋ることなく、終始重くしい雰囲気が漂っていた。

 

 向かい側のレイノルドは、何も言わず静かにこちらを見ている。

 その青い瞳に宿る感情は読めないが、その視線だけはやけに重い。


 シュネーベルクもまた無言だった。

 彼は窓の外を険しい目で見つめ続けている。

 おそらく、先ほど襲ってきた魔獣について考えているのだろう。


(あれは偶然じゃない)


 私もそう確信している。

 あの魔獣は、明らかにレイノルドを狙っていた。


(しかし、一体誰が・・・・・・)


 やがて城門が見えてくると、私はそっと息を吐く。

 問題はここからだった。


(完全に気づかれたな)


 私は隣に座るマクシミリアンをちらりと見やる。

 彼は馬車に乗っている間中、ずっとこちらを見つめたまま一度も目を逸らそうとしなかった。



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