宮廷騎士体験
人脈とは恐ろしいものだ。
たまたま会ったジルに「騎士団ってどんな仕事してるの?」と聞いてみたら、あっさりと「やってみなよ」と言われ、現在に至る。
そう、私は現在一日宮廷騎士体験をすべく、王宮に居る。
宮廷騎士団はさまざまな部があって、監獄部、警護部、研究部、医療部、司法部などそれぞれの管轄によって仕事が違うらしい。
そして、ミカエラが居るのは監獄部、ペネルが居るのは医療部らしい。私が今日体験するのは警護部だ。
ここは常にジルによるスパルタ教育が行われる場所でもある。
「君、足短い? サイズ無いんだけど」
「いや、それ以前の問題だから」
クレッシェンテ人って言うのは長身ばかりなのだろうか。
制服のサイズがないという事態が発生した。
「仕方ないからこれ」
「へ?」
渡されたのは腕章。
「次は君のサイズも用意しておくよ」
ジルはそれだけ言って、倉庫の奥へ入っていく。
「剣は?」
「使ったこと無い」
「手錠」
「実物見たのはジルが持ってるやつが始めて」
「銃」
「そもそも身近に無い」
「ナイフ」
「あ、それならこの前セシリオに教えてもらった」
「じゃあ、ナイフに決定」
ジルから十二本のナイフを渡された。
「このあと直ぐに実践だから」
「は?」
どうやらこのナイフはそのための武器らしい。
「実践を想定した訓練? まぁ、武器は本物だから死なない程度にがんばりなよ」
手を抜いてくれるつもりは無いらしい。
なんか私の人生今日で終わりそう……。
「お相手は?」
「僕がするよ。それともラミエルにするかい?」
ラミエルといえばミカエラがぺーぺーのぺーの役立たずと嘆いていた少年だったような……。
「それって逆に危険かも……」
「だね。ラミエルは自爆が得意だし、戦闘中も味方にばかり被害を出してくれるお荷物だ。掃除が上手いから置いといてあげてるだけだよ」
そんな理由かよ。
騎士団に必要なのは家事能力なのか?
「ぺネルだって情報処理能力と茶を淹れる技術が無かったら直ぐにクビだよ」
ああ、あの人十歩歩くごとに転ぶんじゃないかってくらいよく転ぶし、すれ違う人にぶつかるし、その癖に前が見えないくらい書物を抱えてるからね。
呆れたようなジルに苦笑いしか出来ない。
「まあいいや。ラミエルを呼んでくるよ」
「うん」
ジルは私を戸の前で待たせてどこかへ行ってしまう。
ラミエルがどんな少年なのかはミカエラの話とジルの話でしか知らないが、悪い人ではなさそうだと言うことに少しだけ安心している。
「あなたが、噂の……」
現れたのは赤毛にそばかす、どこからどう見ても少年だ。
「ラミエル?」
「はいっ!」
名前を呼べば嬉しそうに返事をする。
「しゃべってないで早く新入りの相手をしなよ、ラミエル。言っておくけど、その子強いから」
「えっ? つ、強いって……僕には無理ですよ!」
「なに? 僕に逆らうの? だったら拷問部屋に連れってってあげるけど」
「や、やらせていただきます!」
忘れてた……。
クレッシェンテの上下関係は恐怖による支配だった……。
訓練場に通される。意外にも剣道の道場のような空間ではなく、床は石で出来ている。
大理石ではないことに少しだけ安心したが、吹き飛べば大怪我は免れないであろう。
「いっつもこんな場所で?」
「うん」
ラミエルはトンファーのようなものを構える。
「それって……」
「トンファーだよ。接近戦最強の武器。知らない?」
自爆って……どうやって?
トンファーは確かに使いこなすのは難しいけど、トンファーで自爆は逆にすごいかもしれない。
「いや、近所の兄さんが格闘マニアだったから知ってるよ。けど、それ、使えるの?」
「うっ……」
多分フォームに憧れたタイプだ。
そう思いつつ、ジルに渡されたナイフを構える。
「ルールは?」
「降参させるか、気絶させるか殺した方が勝ちだよ」
いや、最後おかしいだろ。
「既に訓練じゃないしょ」
「だから言ったじゃん。実践だって」
もう嫌だ。この人。
「ほら、始めなよ」
ジルの声に、ラミエルがわずかに硬直した。
「い、行きます……」
「はいはい」
ムカつく相手の顔を思い浮かべてナイフを投げればいい……。
「はっ!」
ラミエルの直進を避けてナイフを投げた。
「……ねぇ、いい度胸してるよね」
キレかかったジル。
「あ、間違えた。ごめん」
今一番ムカつく顔ってジルだったからつい。
「やっぱこの方法は向いていないみたいだなぁ」
無差別攻撃っぽいし。
「ってかラミエルは?」
「……君に避けられて壁に直撃して気絶してるよ」
「あ、ああ……」
自爆ってこういう意味だったんだ。
「帰る」
「は?」
「ハッキリ言う。私は騎士団は向いてない」
そもそも戦闘が向いていないと思う。
「ラウレル行ってみようかな……」
この国で戦わない仕事と言えばそのくらいだろう。そう思うとため息が出た。