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兄弟

 慌ててスペードの屋敷の門を潜る。


「そんなに慌ててどうしたんですか? お馬鹿さん」

「スペード!」

 無事だったという安心で思わず抱きついてしまった。

「何かありましたか?」

「蓮……じゃなかった、メルクーリオって人がスペードを探していたんだ。えっとスペードじゃなくて、カトラス・ジョアン・ロートって人を」

「どこでその名を?」

「メルクーリオって人が探しているって」

「今すぐ忘れなさい」

「え?」

 スペードの目がいつもより鋭い。

「もうその男に関わってはいけません」

「え? う、うん」

「で? 何がありました?」

「玻璃がメルクーリオって人に誘拐されそうになったらジルが助けてくれた」

「ユリウス? あの男に会ったんですか?」

「うん。今回は本気で助かったと思う。だって実体じゃない人なんて始めてみたもん」

 むせ返るような蓮の香りが忘れられない。

「蓮ってすごく甘ったるい匂いなんだね。あの人、なんか蓮みたいだった」

「それは……あれはそう言う男です。気をつけなさい」

「玻璃しか眼中に無い見たいだけど、玻璃が心底迷惑そうだった」

「そうですか」

 スペードはなにやら考え込むようだ。

「あれがここに来るのは問題ですね」

「え?」

「手遅れでしたが……」

 スペードは眉間に拳を当て、溜息を吐いた。


「勝手に上がらせてもらった」

「迷惑です」

 メルクーリオと名乗った人がいつの間にか後ろに居た。

「兄に向ってそのような態度……まだ教育が足りぬかカトラス」

 少しだけ、厳しい声。

 だけども、あの眠たそうな瞳が開かれることは無い。きっと完全に怒っているわけではない。

「その名は既に魔女に奪われました。今はスペード」

「そうだったな」

「そして僕は既に呪いから解放された」

「それは違う」

 呪い? 一体何の話だろうか?

 全く見当もつかない。

「ってかお兄さん?」

「しりません。こんな男」

「いや、知ってる感じだったよね?」

 スペードはどこか拗ねた様子で言っている辺り、実際に兄なんだろう。

 どうもこの男は家族に甘えたい願望が強いらしく、親子や兄弟に惹かれているような雰囲気がある。家庭に夢見るセシリオと同じ次元だろう。

「お前は、あんな家族のまねごとをする男と居るから軟弱になる」

「珍しく実体で来たと思えばとんだ化け物ですね。メルクーリオ」

「貴様も立派な化け物だろうが。カトラス」

 呆れたようにメルクーリオは言う。

 どうも掴めない人だ。ただ、理解出来るのは、彼がスペードを案じていることだけだ。

 彼は兄の務めを果たそうとしているのだろう。

 まさにスペードが夢にまで見た家族だ。

「で? 結局何しに来たの? メルクーリオ」

「ああ、そうだ。カトラス、陛下からだ」

 メルクーリオは漆黒の封筒をスペードに渡す。

「必要ありません」

「この仕事に応じればお前の罪は帳消しになる」

「無罪の僕を罪人に仕立て上げたのは貴方でしょうが」

 スペードは不服そうにメルクーリオを見る。

「そうだったか? まぁいい。目を通すくらいはしておけ。それと……その君」

「へ?」

 急に声を掛けられて驚く。

「うん、君。悪いけどカトラスを頼むよ。図体ばかりでかくなって年ばかり食っているが中身は子供のままだ」

「あー、確かに」

 時々妙に子供だからね。

「それと、できればロートに手紙を送ってほしい。カトラスの近況報告を」

「つまり、監視役?」

「そう」

 眠たそうな表情で言うメルクーリオは本当にそのまま眠ってしまいそうだ。

「私は帰る。カトラス、見送りくらいしてくれないか?」

「嫌です。招きもしないのに来たのですから勝手に帰りなさい」

 そう言うスペードは意地を張った子供だ。

「見送りくらいしてあげなよ。寂しいんだよ? お兄さんは」

「別に寂しくなど無い」

「あれを兄だとは認めません」

 二人に反論された。

 もうメルクーリオをフォローしようなんてことは考えないことにした。




「お馬鹿さん」

 メルクーリオが去るとスペードは口を開く。

「何を警戒を解いてるんですか」

「だってスペードのお兄さんでしょ? スペードよりまともっぽいよ? ちょっと螺子吹っ飛んでるけど」

 玻璃を見ると螺子が吹っ飛ぶって仕組みだろうけど。

「吹っ飛んでるじゃ済みませんよ。あれは危険人物です。仮にも魔術師なんですから」

「へぇ」

「幻術に特化していますが」

 スペードとはまた違うタイプなのかもしれない。

「メルクーリオ・ロートという男は幻術を掛けるのも見破るのも解くのも得意ですから気をつけなさい。間違ってもあれに幻術を掛けようなどとは考えないように。七十倍にして返されますよ」

「げっ……」

 そんなにすごい人だったんだ。

「でもさ、スペードのこと心配してたんじゃないの?」

「仮にも兄だから?」

「そう」

「お馬鹿さん、もう忘れなさい」

 スペードはこつんと私の頭を小突く。

「すべて夢ですよ。ただの」

 スペードはそう言って、それ以上は何も教えてはくれなかった。

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