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クレッシェンテ語


 いつの間にか、スペードの屋敷の私に与えられた部屋には、森羅の着物やさまざまな書物が沢山用意されていた。

 特に困ることは無い。

 むしろアラストルの家よりはずっと待遇が良い。

 何しろベッドはあるし、着替えだって必要以上にある。

 文房具も与えられている。

 困ることと言えば、少しばかり部屋が広すぎることと、全てが高級品だと解かるものばかりなので、若干緊張すると言うことくらいだ。

 幸い、文字は読めるのだ。

「スペード、別に童話集はいらないんだけど」

「文字を読むのに慣れるのにそういうものを使うかと思ったのですが、読んだり話したりには全く不自由がないようですね」

「うん」

「では、書けますか?」

「え?」

「いえ、昔師匠が言っていたんですよ。異世界にはさまざまな言語があって、読んだり聞いたり話したりは出来ても書くことが出来ない人間がいると」

「へぇ」

 話せても読み書きが出来ない人ならたまに居るけど……。

「だって、同じ文字だもん。読めるよ」

「そう、なんですか?」

「うん」

「では慣用句や、言い回しを覚えますか」

「うん」

 そう言ってスペードはいつの間にか現れた椅子を私の隣に置いて座る。

「『ナルチーゾ』という言葉は知っているでしょう?」

「ウラーノの領地の名前だよね?」

「ええ、クレッシェンテでは主に自惚れを指します。もともとは水仙を意味しますが」

 そう言いながらスペードは「ナルチーゾ」と紙に書く。

「では『カトラス』の意味は解かりますか?」

「スペードの通り名でしょう? 私が居た世界でカトラスって言ったら剣を指すんだけど」

「まぁ、そうですが、セシリオが三百年ほど前に妙に広めまして、現在は「ギャンブラー」という意味もあります」

「へぇ、よかったね。有名になって」

「嬉しくありません」

 そう言いながらもスペードは紙に「カトラス」と書く。

「では、月の女神は?」

「ディアーナのこと?」

「正確にはセシリオ達の信仰対象ですかね」

「え?」

 たしかクレッシェンテにある宗教はあのルーンとか言う朔夜が崇拝している神しかなかったはず……。

「ディアーナは月の女神の名で、あの組織は月の女神に従って活動している、らしいですね。セシリオ曰く」

「は?」

「ハデスとの対立は既に神話の域にあります」

「へぇ……」

「その対立を『天地大戦』と呼ぶ者もいます」

「そうなんだ」

 紙の上に次々と文字を書いていく。

「書かなくて、覚えられますか?」

「うん。大丈夫。多分」

「……お前は、学校で寝ている人間ですね」

「ううん、授業だけで全部覚えるから家で勉強したことがない人間」

 だから勉強ってよくわからないんだよねと言うとスペードは深いため息を吐いた。

「では、ナルチーゾと書いてみてください」

「うん」

 紙の上にペンを走らせさっきスペードがそうしたようにカタカナで書いて見せる。

「……これは何語ですか?」

「へ?」

「僕の書いた文字を見ていましたか?」

 さっきスペードはカタカナで書いていたよね?

 もう一度スペードの書いた紙を見る。

「……なにこれ……さっきと全然違う……」

 スペードが「ナルチーゾ」と書いていた辺りには楽譜らしきものが書かれている。

「え?」

「この国の文字って……楽譜?」

「今までなんだと思っていたんですか?」

「全部日本語だと思ってた」

「は?」

「だって、宮廷の図書館の本も読めたし、ここに来てからだって本は普通に読めてた……」

 もしかしたら言葉も勝手に翻訳されているのかもしれない。

「砂時計のせい? それとも……」

「……師匠の仕業ですね」

「かも……」

 厄介だ。

「ってことは、私が手紙を書いても誰も読めない?」

「その可能性は高いです」

「試しにアラストルに手紙を書いてみよう。確かあの人は生粋のクレッシェンテ人だけど日ノ本って場所に行ったことがあるって」

「そうですね。彼は魔術を見破る目は優れていますが、自分で魔術を使うことが出来ない人間ですから丁度いいかもしれません」

「へぇ、でも、アラストルって確か片目見えないはずだよ?」

「多いんですよ。見破るに優れている者は片目が見えない場合が」

 アラストルって実はすごい奴だったのかもしれない。改めて尊敬する。

「スペード」

「はい?」

「もしもアラストルから怒りに満ち溢れた返信か電話が来たら文字教えて」

「ええ」


 再速達でアラストルに手紙を送ることにした。

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