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暗殺術入門

 翌日私はセシリオと酒場で待ち合わせた。


「では、あなたは今日一日ディアーナの一員です」

「うん」

「これを」

「これは?」

「月の女神の紋です」

 そう言って彼が渡したのは小さなコインのようなものだ。

「これを持っていればとりあえず売り飛ばされたり誘拐されることはありません」

 ようはディアーナの保護を受けられる証らしい。

「ありがとう」

「いいえ。では、まず初めに試験を行います」

「え?」

 いきなり試験?

「なに、簡単なことですよ。スペードからタロッキを奪いなさい」

「へ?」

「暗殺者です。何をしても構いません。ようは目的を達成出来ればいいんですから」

 そういえば、前に、暗殺者はどんな手段を使おうと標的を殺せればそれでいいと聞いたことがあった気がする。

「えっと……頑張ります」

「ええ、頑張ってください。みんなあなたを歓迎する気で待っていますよ」

 セシリオの笑顔はどこか胡散臭いけれど、やらなかったら命が危ない気がする。

「制限時間は?」

「一時間です」

「善処します」

 まずはスペードを探さなくてはいけない。

 いつも都合よく酒場に居るとは限らない。って……。

「居るし……」

 探す手間が省けた。当たり前のように賭けをして、目の前の男から大金を奪っている。

「どんな手段を使っても……」

 タロッキを奪うだけなら何とかなるかもしれない。


「ねぇ、スペード」

「なんです?」

「私と賭けしない?」

 負けた男が逃げるように酒場を飛び出したのを確認してからスペードの隣の椅子に座る。

「賭け? お前が?」

「うん。タロッキなんか面白そうだし」

「構いませんが……何を賭けるつもりです?」

「物を賭けるんじゃなくて、負けたほうがセシリオに弟子入りするの。スパルタセシリオに」

 そう言って笑って見せるとスペードは怪訝そうな表情をする。

「セシリオに弟子入り?」

「そう」

「馬鹿な」

「ふぅん、負けるの怖いんだ?」

「誰がそんなことを言いました? ただ、僕はお前にそんなことをさせるのは可哀想だと言っているんです」

 意外と、馬鹿かもしれない。こいつ。

「じゃあ、私の不戦勝ってことで、セシリオ! スペードがあんたに弟子入りするって!」

 わざと大声でそう言ってやる。

「まだ決まっていませんよ。仕方ありません。ゲームを始めましょう」

「そう来なくっちゃ」


 クレッシェンテの酒場でよく行われる賭けはタロッキが主流だ。タロッキは78枚あるトランプみたいなもので、数札と絵札の組み合わせで役が決まるポーカーに似たゲームだ。

 はっきり言って私はルールすらまともに知らない。

 賭けなどはじめからするつもりが無い。


「あ、タロッキ持ってないんだった」

「お前は……自分で誘っておきながらそれですか?」

「どうせスペードが持ってると思ったから」

「持ってますが……まぁいいでしょう」

 スペードがカードを配り始める。

 よし、取った。

「セシリオ、これで試験クリアでしょ?」

「……まぁ、許容範囲です」

「は?」

 呆れ顔のセシリオと、何が起こっているか理解できていないスペード。

「だってこれ、スペードの私物タロッキでしょ?」

「まぁ、そうですが」

「私の手元に、カードがある。何もデッキすべてとは言われてないもの。手札の九枚分あれば十分でしょ?」

「……わかりました。あなたには完敗です。まさかそんな発想をされるとは……クレッシェンテ人じゃないことが本当に惜しい」

 そう言ってセシリオが私の頭を撫でた。

「ディアーナに歓迎します」

「ありがとう」

「早速、修行です。言っておきますが、僕も朔夜も厳しいですからね」

「わかってるよ」

「どういうことか説明しなさい」

 スペードは現状を理解できていないので不機嫌そうだ。

「ディアーナの試験。スペードからタロッキを奪えって」

「これが玻璃ならスペードの腕を斬り落としているところですけどね」

「どうして?」

「だって、解釈のによっては二度とタロッキゲームを出来なくしろとも取れるでしょう?」

「ああ」

 流石クレッシェンテ。恐ろしい解釈がある。

「それで? これは奪ったというのですか?」

「まぁ許容範囲です。ディアーナとしては依頼人からの依頼をこっちの都合よく解釈する考え方は欲しいですね。駆け引きの基本です」

「詐欺師向きでは?」

「さぁ? まぁ、とりあえず合格なので、裏でナイフの投げ方を教えることにします。ついてきなさい」

 セシリオに言われるまま後を追いかける。

 暗殺者の訓練とは一体何をするのだろう。


 なんて、深く考えた私が馬鹿だった。


「かかし?」

「まぁ、そうとも言いますね」

 農村なんかでたまに見かけるかかしが立っていた。

「『オズの魔法使い』みたいに喋ったり動いたりしないよね?」

「なんです? それは」

「えっと、御伽噺かな? 心臓を作ってもらうやつ」

「それはメディシナ・ティブロンの商売では?」

「かな?」

 かかしには何本かナイフが刺さっている。

「玻璃が遊んで行ったあとのようですね。まぁ構いません。さぁ、あなたもやってみてください」

「何を?」

 いきなり何をやれと言うのだろう。

「ナイフを投げてください」

「いきなり? ってナイフ持ってないんだけど」

「刺さっているのを引きぬいて使いなさい」

 結構いい加減だな。

 しかも意外と抜けない。

「何をやってるんですか、お前は」

 呆れたスペードが手も触れずにナイフを私の手に握らせた。

「スペード、甘やかさないでください」

「あまりにも遅くてじれったかったからつい」

「本来なら部外者は立ち入り禁止なんですけどねぇ」

 セシリオは笑う。

「で? これを投げればいいの?」

「ええ、そうですね……まずは頭を狙ってください」

 そう言って彼はかかしではなくスペードを指す。

「嫌いな相手の顔を思い浮かべると上手くいきますよ」

「本当?」

「ええ、玻璃には幼いころにそう教えたら今ではクレッシェンテ一のナイフ使いになりました」

「あれ? セシリオは?」

「僕の専門は毒殺です」

「へ、へぇ……」

 もうセシリオからおやつをもらうのは止めよう。

「さぁ、投げてください」

「うん」

 集中して狙いを定める。


「やっ」


 ナイフは勢いよく飛んだ。

「……お前は……どこに投げているんですか」

 ため息を吐くスペードの指の間にナイフが挟まれている。

「いや、頭を狙えってセシリオが」

「僕ではなくかかしのでしょう?」

「いえ、スペードの頭です」

 生きた的の方が実践に役立つでしょう? とセシリオは笑う。

「スペードじゃ全然当たらないよ」

「そうですね。瞬発力と運はいいですからね。あの女に散々扱かれていますから」

「あの女?」

 セシリオが少し嫌そうに口にする。

「魔女ですよ」

「ああ、あの蘭とかいう」

「そう」

 だったら納得できる。

「あまり余計なことを吹き込まないでください」

「つい」

 セシリオは悪びれもなくそう言って、ナイフを弄ぶ。

「スペードがうるさいので次はかかしを狙いましょうか。投げるときはこう、やってみてください」

 セシリオのお手本はかかしではなく真っ直ぐスペードを狙って、見事にスペードの服の袖を壁に縫いとめた。

「あれ? 頭じゃないの?」

「髪を切るとしばらくうるさいんですよ。この男は」

 セシリオは悪戯っ子のような表情で言う。

「服でもうるさいですよ? セシリオ、これは昨日届いたばかりの森羅産なのですが?」

「またウラーノに取り寄せさせればいいでしょう? 避けないあなたが悪いんですよ」

 セシリオは笑う。

「……貴方は……酒を奢りなさい。それで許してあげます」

「仕方ありませんね。アンバー、スペードに酒を振舞ってあげなさい。ええ、ナルチーゾの葡萄酒が入っていたはずです。それを」

 セシリオは少し大きな声ではちみつ色の髪の少年にそう告げた。

「さぁ、あなたは練習です」

「うん」


 その日は辺りが真っ暗になってなにも見えなくなるまでナイフの訓練をさせられた。

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