装い文化学
結局反抗むなしくスペードの自宅に世話になることになった。
これならミカエラのところに行った方が安全だった気がする。
なにせこの男、クレッシェンテで唯一の犯罪者だ。
「意外と片づいてる……」
驚いた。
このギャンブルに溺れた男の部屋はもっと乱雑としていると思っていたのに、意外にも綺麗に整っている。なんだか悔しい。
雰囲気は全体的に中華風だ。
窓には漆の飾り格子が入っているし、所々に花が飾られている。
「気に入りましたか?」
「……肩が凝りそう」
落ち着いた雰囲気で統一感はある。
だけど、全てが高級品と言った感じなのだ。
机なんかも漆塗りできっと触れれば指紋が付いてしまう。
なによりも、この空間では私だけが浮いてしまう。
統一感のありすぎるこの空間で洋服は妙に浮いてしまうのだ。
「お前の部屋は……そうですね、この部屋を使いなさい」
そう言って案内されたのは、同じく中華風の部屋。広さは十二畳くらいある。
中には中華風の寝台と、机、椅子、棚があるだけで他は何もない。
「随分広いね」
アラストルの部屋とは大違いだ。
「そうですか? まぁ、クレッシェンテも王都のはずれは若干土地も安い。庭も十分確保できる程度に土地は手に入ります」
「ふぅん、てっきり中心部はジルが怖くて住めないのかと思った」
「お馬鹿さん。あのあたりにこの屋敷があっては趣味が合わないでしょうに」
「ああ」
成程。それでここだけ桃源郷のような雰囲気なのか。
思わず納得する。
「お前のその格好も不釣り合いですね。着替えを用意しましょう」
「今?」
「ええ、使用人の服でもサイズの合うものがあるでしょう」
スペードはそう言って歩き出してしまう。
「ちょ、ちょっと!」
服装まで細かく言われるならディアーナに行った方が良かったと心底思う。
スペードを追いかけようとしたけれど、道に迷って笑われたくは無いので止めた。
スペードに渡された服は、なんだか中国の時代劇に出てくる宮廷の使用人のような服だった。
「これ、どうやって着るの?」
「そんなことも解からないとは……」
仕方ない、と彼は右手で私の服に触れた。
「明日からは自分で着なさい」
「えっと……うん」
いつの間にか、着ていた服と渡された服が入れ替わっている。
自分を見ると、見事に渡された妙な着物を着ていた。
「どうやったの?」
「簡単な魔術ですよ。どこかの馬鹿が着替えるのが面倒だと考えだしたらしいです。役に立つはずがないと思っていましたが……まさか使う時が来るとは」
スペードは呆れたように言う。
「お前は、今回は留学と言う名目で留まるのでしたね」
「うん。母さんにもそう言ってある」
「では早速勉強です」
その言葉と同時に、机にペンとインクの壷、そしてクリーム色の少し厚めの紙が現れた。
「何を学びたいですか?」
「とりあえず、この国がどういう国なのかもっと詳しく」
「たとえば?」
そう訊ねられ、少し考える。
「みんなの着ているもの、とか? セシリオと朔夜はなんだかインドとかタイとかそっち系だし、スペードは家ごと中華だし、ウラーノは中世ヨーロッパだし、陛下はなんだかゴスロリっぽいし、ミカエラは軍服でしょ? 統一性が無いって言うか、フリーダムだなぁって」
「ああ、成程。お前の国ではどのような服を?」
「セシリオとか朔夜みたいなのは結構若い女の人とか、ヒーラーとか占い師なんかにも人気かな? あと陛下みたいなのは一部の女性に人気で、お人形さんの服とかにたまぁにある。スペードやウラーノみたいなのは映画とかでしか見ない。玻璃とか瑠璃とかはわりと居そうだけど、玻璃の服は少し特殊かな? アラストルとかジルとかはまずいない」
ぶっちゃけコスプレだよ。そう思ったけれど、流石にそこまでは言えない。
「クレッシェンテの基本形はお前が今言った、アラストル・マングスタやユリウスの着ているような服だったんです。ユリウスの着ている宮廷騎士団の制服は、完璧な正装ですね。今は騎士団も特別な行事の時にしか着ません。アラストル・マングスタの着ているものは正装らかマントを外し、若干装飾を減らしているので、略装です。彼はそれを更に軽量化させていますが、基本的に、上着は長いですね」
そういえば、アラストルの上着は踝まであるものもあった。
「でも、仕事の時だけだ」
「ええ、普段からあんなものを着ているもの好きはユリウスくらいです。彼は女王を崇拝している」
それは認めよう。
「じゃあ、みんなが付けてる帯は?」
「これですか? 昔の呪いの名残です。今は……そうですね。女性の化粧と同じように礼儀の一環ですか。まぁ、無いと落ち着かない程度のものです。ウラーノは着用していないでしょう?」
「うん」
「あれはクレッシェンテでも異色です。シエスタの舞台衣装を元にしています」
「舞台?」
「ええ、歌劇です。シエスタは歌劇でも有名ですから。その中でもマタドールの衣装が元でしょうね」
マタドールってスペインの闘牛士だろうか?
「じゃあ、スペードのは?」
「これですか? 森羅からの輸入品です。この屋敷も全て森羅調で作らせたのですが、気に入りませんか?」
スペードは意地悪く笑う。
「いや、なんかクレッシェンテらしくないと思って」
「まぁ、そうかもしれませんが、目立つでしょう?」
結局それが目的らしい。
「そうだね。もういいよ」
あまりこいつの意見を参考にするとろくでもないことを教えられそうだ。
「明日からはみんなに仕事のことを聞いて回るよ」
「就職する気はあるんですか?」
「適職診断、っていうかまずバイト探しから」
まともな職業が無いことくらい知ってるけど、やっぱり極力、殺しや騙しは避けたい。
「やっぱ商人が比較的まともかな?」
最悪、アルジズのところで神に仕えることにしよう。
「職が決まらなければここに居て構いませんよ」
「いつまでも世話になったら迷惑でしょう?」
「そうでもありませんよ。お前なら」
そう笑うスペードはいつもの意地悪な笑みではなかった。