智の獣
しばらくミートパイを食べながら観察していると彼らの商談は纏まったらしくセシリオは大きな袋をじゃらじゃら鳴らしながら歩いてきた。
「……これはまた随分とぼりましたね」
「取れるところから取っておかなくては、でしょう?」
性格悪っ。
知ってたけどさ。
「さっさとカメーリア行ってさっさとムゲット戻ってさっさとオルテーンシア行こうか」
「オルテーンシアは反乱分子認定にして構わないよ」
「え?」
「あの女最悪だから」
むすっとジルが言う。
相当嫌いなんだ。
「それを決めるのはジルじゃなくて私じゃないの? 陛下の勅命だし」
「あの女を見たこと無いからそんなこと言えるんだよ」
馬車に乗り込んだジルは更に不機嫌そうだ。
「スペードは知ってるの? オルテーンシア伯」
「まぁ、何度か会ったことはありますね」
「どんな人?」
「気の強い美人ですよ。少し思いこみが激しいですが、愚かで扱いやすい」
「……最低」
こいつに訊いたのが間違いだった。
「セシリオは知ってる?」
「まったく」
「アラストルは?」
「いや、生憎王都とナルチーゾ以外は初めての地が多い」
意外。
アクラブさんに至ってはセシリオの肩を枕に眠ると言うとんでもないことをしでかしてくれてる。
「それ、朔夜に怒られないの?」
「僕が嫉妬することはあっても朔夜が嫉妬することはありませんよ。朔夜の愛は初めから僕にはありませんから」
「え?」
「あの子は、いえ……あなたには話すべきではありません」
気になる。
「正直に言えば良いでしょう? あの子の恋人を殺したのは自分だと」
「スペード!」
セシリオが珍しくも感情的にスペードの襟に掴みかかった。おかげでアクラブさんが跳ね起き、銃を構える。
窓の外を退屈そうに見ていたジルでさえ、剣に手が伸び、アラストルに至っては固まっている。
それほどに充満した殺気。
馬が動きを止めた。
「セシリオ、落ち着きなさい。あなたの殺気は馬に毒です」
「ごめん、変なこと訊いちゃたね」
勝てる気がしない。
全力で謝るしかないのだろうが、当のセシリオは殺気をひっこめて俯く。
「別に後悔なんてしていません。朔夜だけは誰にも渡したくない。手放したくない。今も昔も変わりません」
恐怖の代名詞に不釣り合いな執着。
それは何故?
けれど訊くわけにいかない。
ゆっくりと馬車が動き始める。
それと同時に、何事もなかったかのように全員が退屈に戻る。
いや、違う。
それぞれ何かを考えているのだろう。
ふと、アクラブさんが窓の外を見た。
「なっ……」
「なんです?」
「ちょっと急いで!」
「え?」
「ったく……あの馬鹿王!!」
アクラブさんが叫ぶ。
「迎えにあんなもん寄越すカスが他に居るかって!!」
美人なのに勿体無い。
口が悪すぎる。
「あんなもんって?」
窓の外を見れば、一匹の狼が馬車を追っていた。
「アクラブ、ハウルに戻れ! 王が狂い始めたぞ」
喋った?
狼が?
「お、狼が喋った!!」
「そのくらいで騒ぐな。普通だろ」
「え?」
「普通です」
アラストルが動じないどころかスペードに溜息吐かれた。
そんなに普通なの?
「あの馬鹿が狂ってるのはいつものことでしょ? まだオルテーンシアの薬草採取してないのよ。休暇だって残ってるじゃない」
「お前が戻らねば王都が滅びるぞ」
「ひ、ひ、卑怯者!!」
アクラブさんが全力で叫んだ。
そして、馬車はゆっくりと停まった。