退屈
「やぁ、よく来たね」
相変わらずきらきらとした金の伯爵が目の前にいる。
水仙の花が咲き誇っているような幻覚が見える。
「来る途中が大変だったよ」
どこからかアラストルが戻ったとうわさを聞いた戦士たちが一斉に名乗って斬りかかって来たけど、全部アクラブさんが一人で倒しちゃってアラストルどころかセシリオもジルも出番がなかった。
あの人強すぎ。
「ふふっ、すまないね。王都からの客人が珍しくてみんな退屈していたんだよ。ああ、セシリオ、会いたかったよ」
ウラーノはセシリオを見るなり手を取った。
まるで何年も会っていなかった恋人との再会を楽しむかのような仕草にセシリオは全力で顔面に蹴りを入れた。
すごい。自分より背の高い相手に。
じゃなくて。
「ウラーノのあれって素なの? あの人馬鹿なの?」
「ええ、まぁ。あれも慣れないと付き合いきれませんよ」
スペードを尊敬した。
意外と寛大なんだなぁ。
いや、やつらのしつこさに諦めたという説の方が有力だ。
「はっきり言ってここに来る必要があったとは思えません」
「私も。だって、ウラーノって敵意零って言うか、そもそも戦えないんでしょ?」
戦闘力が皆無だと自慢気に話していたのを聞いたような気もする。
「私は野蛮なことが嫌いなんだ。それで? せっかく来たからお茶でもどうかな? 上質な茶葉が手に入ったんだ」
「要りません。どうせまた変な薬でも盛って身動き取れなくして予想外の長居をさせるつもりなのでしょう?」
セシリオが全力で疑ったが金の貴族様は爽やかに笑んでいる。
この人、もしかしたら一番悪い人かもしれない。
「ごめんね、今日はお仕事なんだ。お茶はまた今度」
「今度? ってことは、君はまたナルチーゾに来てくれるんだね! 素晴らしい! これほどまで喜ばしいことはあるか!」
きらきらしてる。
きらきら。
きらきら。
輝きすぎてる。
無駄に背景の華が見える。
うざい。
「スペード、今までごめん。あんたのことマジで尊敬する。むしろ師匠と呼ばせてください」
「は?」
「この伯爵の相手を何百年もしてきたなんて素晴らしい。呆れを通り越して尊敬したよ」
「思い切り馬鹿にしているじゃないですか」
アクラブさんに至っては爪を弄り始めてる。
相当暇なんだろう。
「これ、殺していい?」
「できるものなら是非」
いや、違った。
暗殺の打ち合わせが始まった。
「ジル、ここ放って置いちゃダメ?」
「……僕もできればそうしたいけど、そういうわけにはいかないよ。要だからね。ナルチーゾは。貿易に欠かせない港もある」
なによりジルが真面目に考えていたことに驚いたよ。
「情けねぇ伯爵さんだなぁ。俺の故郷を統べるのがこいつだと思うと少しばかり気が滅入る」
アラストルは溜息を吐く。
「けど、政治の腕は確かだ。まったく……どうして貴族ってのはこうも悪趣味の集まりなんだ。気が会いそうなのはヴィオーラ伯だけだぞ?」
それはあんたがメカ好きだからだろ。
疲れるわ。
「お茶は持参してるから、本題入ろうか」
ネレイドに貰ったココアの水筒を見せる。
野宿でいいからここには泊りたくない。
あのきらきらオーラに敗北したら一生でられなくなりそうだ。
ってかウラーノってセシリオに匹敵するねちっこさを持ってるんだよなぁ。
「本題?」
「他国の動きとか、国内の動きとかそう言ったこと」
「ああ、それなら私は関与しない。誰の味方でも誰の敵でも無い。ナルチーゾは永年中立を貫くよ。野蛮なことは嫌いさ」
「じゃあ、リヴォルタの動きは?」
ジルが訊ねる。
「んー、さぁ? 興味ないからね。それより、セシリオ、スペード、久しぶりに一緒に風呂にでも入らないかい? 薔薇風呂を用意したのだけど、なかなかだよ」
「結構です」
「相変わらず悪趣味ですね」
二人が全力で拒否した。
「薔薇風呂いいなぁ」
「は?」
「本気ですか?」
「いや、一生に一度は体験してみたいって言うか……あ、でも、スペードの家のお風呂も豪華で素敵だと思うよ。龍の口から源泉とか高級温泉旅館みたいでさ」
アラストルの家はシャワーだったしね。
貧富の差激しいな。
「貴族は好き放題湯水を使えますからね」
「庶民は?」
「雨水ならいくらでも。でも、湯となると話は別です。火を使うにもそう言った魔力を持たない者は金が掛かりますからね。僕の若いころなんて数日に一度水風呂に入るか入らないかで相当迷いましたよ。冷たくて気持ちいいけれどなんだか不潔そうで。まぁ、僕自身不潔だったんですけど、誰か分からない他人の内臓を洗ったかもしれない水風呂に入る勇気は中々ありませんでしたよ」
「今は?」
「入りますよ?」
風呂に? それとも誰か分からない他人の内臓を洗ったかもしれない水風呂に?
多分両方だこの人。
「そうだ、セシリオ。たまには血の浴槽なども魅力的なのだけど、用意してはくれまいか?」
「それだと料金はいつもの五倍貰いますよ。いちいち死体を運んでくるのも血液を採取するのも面倒ですからね」
商談始めた?
「ジル、こいつら置いてさっさとカメーリア行こうか」
「ああ。ほら、君も行くよ」
ジルがアクラブさんに声を掛けた。
ほんっと、女子供に甘いな。こいつは。
「いいの? セシル置いて行って」
「構いませんよ。すぐに追いつきます」
「待ちなさい。まだ、商談が終わっていません」
「だから、商談じゃなくて、視察に来たんでしょう?」
朔夜の名を出せば早いのだろうがその後がうざったい。
「スペード、こういう時の対処法は?」
「放っておく、ですかね」
意味ない。
ベテランが匙を投げた。
「じゃあ、次行くよ、次」
お腹空いた。
ミートパイ食べよ。