砂漠の蝎
次はナルチーゾに行くべきかカメーリアに行くべきか迷う。
ナルチーゾ伯ウラーノ・ナルチーゾ不在説がいつまで有効か分からない上に彼の友人であるはずのセシリオとスペードはいかにも嫌そうな顔で全力で後回しにしたいと顔が主張している。
しかしカメーリアに先に行ってしまうとムゲットに戻る前に大きく引き返さなくてはいけなくなる。
ナルチーゾは北の国境すれすれにある。
薔薇と畑の地。
三日月のてっぺんの先っぽとでも言うのだろうか。つまりそんな場所にある。
「我はナルチーゾに行った方が帰りが楽だと思うが……そもそも何故ローザからにしたのかが理解できぬ。オルテーンシアからアザレーアを通ってローザに進めばヴィオーラからはカメーリアを通って一周で来たのではないか?」
「……ジルがオルテーンシアは最後だって言ってなかったっけ?」
「ムゲットに寄ってカァーネ辺りと交代してもらおうと思ってね」
「え?」
「僕はオルテーンシアに入りたくない」
何それ……。
「オルテーンシア伯はちょっと特殊でね」
「ユリウス・ジェーコに酷く惚れ込んでいるんですよ。彼女は」
「ユリウス・ジェーコ?」
ジルがユリウスだってのは知ってたけど。
「へぇ、ジルってジェーコって言うんだ。次からミスタジェーコって呼んで良い?」
「地下牢に閉じ込めてあげようか?」
「ごめんなさい、冗談です」
ジルって相当自分の名前嫌いだよね。
変なの。
「それで? オルテーンシアは後回しにするとして、やっぱりナルチーゾに行くべきかな?」
アラストルの故郷だしね。
「俺は構わないが、気をつけろよ」
「え?」
「戦士が多い。とりあえず強そうな奴を見たら徹底的に勝負を挑んでくる奴らばかりだ」
ってことは全員で掛かって来られる可能性のある面子じゃん。
最強の暗殺者に最強の剣士に最強の魔術師に宮廷騎士団長。オールジョーカー並だよ。
「わ、私は一般人です。って逃げる」
「お前が最強の逃亡者になる日も遠くありませんね」
「カッコ悪! 何それ」
スペードほんっとセンス無いわー。
そう言うと小突かれる。
ネットーノが震えたのは言うまでもない。
「……不本意ですが、ナルチーゾに行きますか。まったく。あの馬鹿の面を見なくてはいけないと思うと気が滅入ります」
セシリオが暴言吐いてる。
「セシリオ、機嫌悪いね」
「当然です。十日も可愛い朔夜の顔を見ないなんて事は未だかつて有りませんでした」
「……そうですか」
朔夜馬鹿だ。この人。
あんまり執着とかなさそうなくせに朔夜べったりなんだよなぁ。こいつ。
「速く行ってとっとと用事済ませれば帰って朔夜の手料理食べれるよ」
「そうですね! さっさと行ってさっさと済ませましょう! ああ、朔夜。僕の可愛い朔夜……むさくるしい男の面は見飽きました」
だらけ切っていたセシリオの動きが途端に良くなる。
あれ? 普段絶対手伝わない癖に一人で荷物全部積み込んじゃったよ。
「ねぇ、スペード、セシリオってさ。馬鹿?」
「というか電波です。気にしたらあれの相手はできませんよ」
スペードが悟りの境地に居る。
「ほら、何をしているんですか! 早く早く! 焦らさないでください」
ダメだ。
「ねぇ、ムゲット寄ったらセシリオ置いてこようよ。もうちょっとまともな人借りてこよう。うん。それが良い。ジルとセシリオ置いて可愛い女の子借りてこようか」
「今度はお前が仕事しなくなりそうですね」
スペードが溜息を吐く。
「待って下さい」
ネレイドの姿があった。
「申し訳ございません。遅くなりましたがお弁当です。持って行って下さい」
「え? いいの?」
「王都の方では甘いものばかりでは飽きられたかと思いましたのでミートパイを作らせていただきました。あ、お飲み物はココアです」
意味ない。
むしろそれしか置いてないのかここは。
「お気づかい感謝します」
スペードがため息交じりに答える。
「お気を付けて」
ネレイドってホントはネットーノが嫌いなのかもしれない。
ネットーノ以外にはきわめて礼儀正しい。
「い、異界の客人」
「え?」
「また、来てくれるか? その時は……歓迎しよう」
可愛い。
これで私より二百以上年上とか信じられない。
「そうだね。足があったら遊びに来るよ」
足があったら。
王都からは遠いよ。
小さな伯爵と黒い従者に見送られ馬車に乗り込む。
両隣がスペードとジルになるらしい。
「アラストル、場所変わろうか?」
「止めとく。そっちはそっちで居心地が悪い」
完全に電波飛ばしてるセシリオの隣のアラストルは顔色が悪い。
またね、と小さな伯爵に手を振って、馬車が動くのを確認すればジルはふてくたれて窓の外を眺めているし、スペードはスペードで不機嫌そうに窓のそとを見ている。
「感じ悪い大人たちだなぁ」
お前ら嫌いだ。
ったく。アラストルが気まずそうに腹抱えてるじゃん。今頃胃が荒れてるよきっと。
「その馬車待った!!」
突然の声に驚く。
「なに?」
女の子の声。
けど、女の人と言うべきだろうか?
スペードを押しのけて馬車の外を見れば黒にターコイズのガラベーヤみたいな服を着た女の人がナイフを構えて立っていた。
「と、盗賊?」
「失礼しちゃうわ。まぁ、この止め方じゃそう思われても仕方ないかもしれないけど……」
「ん? その声は……アクラブ、ですか?」
「セシル!! 会いたかった!!」
どうやら意識が戻って来たらしいセシリオが馬車から降りれば女の人は親しそうに激しく抱きつく。
「久しぶりね。あなたの姿が見えたから慌てて追ってきたの」
「ということは……また逃げてきたんですか?」
「うん。だから匿って」
美人なのに勿体無い。
いろいろ勿体無い。
けど、なんかセシリオに近い何かがある。
「……どうしますか? 一応宮廷の依頼なので僕に決定権はありません。今回は彼女が」
セシリオが言えば彼女は真っ直ぐ私を見た。
「はじめまして。アクラブ・ギフトと申します。宮廷の方なのね。同行がダメなら護衛として雇って下さる? そこらの衛兵よりは強い自信あるわ」
いや、むしろ観賞用で。
ミカエラや瑠璃とはまた違うタイプの美人さんだ。
オリエンタルな魅力がある。
釣り目美人大好き。
じゃなくて。
「知り合い?」
「ええ、不本意ながら僕の同期の同業者の娘です。毒薬に関してなら僕以上に詳しいですよ」
見かけによらず危険人物だ。
「欲しい毒薬あったらコレクションから分けてあげる。あと十二種類で現在発見されている毒のすべてをコンプリートできるの」
彼女はそれはもう楽しそうに、メディシナが調達した毒を受け取るセシリオとかぬいぐるみを目にしたネットーノとかと同じ笑顔を浮かべてる。
こいつら同類か。
「いや、毒は要らないな」
「じゃあ宝石? 今はあんまり持ってないけど城に戻れば結構あるわ。それとも魔石の方がいいかしら? うちの王様ちょーっと凄いから欲しいの頼んであげようか?」
「え?」
いまうちの王様って言った?
その前に城とか言った?
「こ、この人何者!?」
「ハウル現国王の護衛兼王妃です」
「は?」
ハウル?
何それ。
ってか護衛兼王妃ってどういうこと!?
「お、王様の護衛がこんなとこに居ていいの?」
「薬草採取に出掛けるってひと月くらい休み貰って来たの。うざかったし」
うざかったって……。
「あの人、公務ほっぽって一日中べったりで……護衛にはなったけど王妃になった記憶はないんだけどなぁ」
聞いちゃいけないこと聞いた。
「朔夜と気が合いそうだね」
「ですよね! 僕もそう思っていたんです。だから早く朔夜に紹介したいんです! それに、優秀ですから玻璃にも良い刺激になりますよ。僕は玻璃を世界一の暗殺者に育て上げることを老後の楽しみにしていますから」
引退とかあるのか?
いや、その前に老後って何千年後の話だよ。
「スペード、この国の老後っていつ?」
「老後なんてものは存在しませんよ」
やっぱり。
「んで? その姉さん連れてくのか?」
アラストルが不服そうに言う。
馬車がきつくなるのが不満なのか、セシリオの電波以上に危険人物が増えるのが不満なのか。
「ジルは? 不満が無いならナルチーゾまでは同行お願いしようと思ったけど」
「僕は構わないよ。それに、ハウルの情報も欲しい」
「陛下に不利な情報は渡さないわよ?」
「それは僕だって同じさ」
なんだ。ジルとは案外気が合いそうだね。
「じゃあ、席替え希望。アクラブさんの向かえがいいな」
「……結局女なら誰でもいいのか? お前は」
「玻璃がド真ん中ストライクだけど、むさいおっさんよりは女の子希望」
「こう見えて、彼女今年で36ですよ?」
「若いじゃん。セシリオ達と比べたら」
女の子だよ。
「感覚がマヒしてるな」
「え?」
「この姉さん、俺より年上だが?」
そういえば……。
「アラストルって若かったんだね」
この中の誰よりも老けて見えるけど。
なんか世の中って不思議だなぁ。
なんて。
とりあえず馬車が賑やかになりました。