美学
「なんだよ、そのでかい人形は……」
城に戻るなりアラストルに溜息を吐かれる。
そりゃそうだ。
スペードの値引き交渉の時点で二つ買うことになってしまったウサギはセシリオ乱入により三つ購入になってしまった。
「えっと、玻璃のお土産と、伯爵へのお土産と、私の分?」
スペードの段階だと私の分は含まれてなかったはずだ。
が、現段階でこいつらがぬいぐるみを愛でるとは思えない。
結果私の私物になってしまった。
「可愛いでしょ?」
「……餓鬼が喜びそうだが……」
「悪かったね、喜んじゃって」
可愛いんだよ。でも、邪魔なんだよ。大きさがさ。
「わ、我にまで? 良いのか?」
伯爵がぷるぷるしてる。
そういえば、ウサギの人形は伯爵の代名詞だっけ?
「ふかふかで気持ちいいよねー」
「うんっ」
あ、子供の顔になった。
可愛い。
「お帰りなさいませ、お迎えにも行けず申し訳ございません。ご夕食はいかがなさいますか? ネットーノ様はこちらで皆様と盛大にお菓子を貪りたい、失礼、夕食のひと時を過ごされたいとのことでしたが」
いまお菓子を貪るって言ったよね?
主食お菓子とか言わないよね?
「えーっと、ネットーノ伯爵に任せます」
一応招かれている身だし。
「僕はどうもヴィオーラの食事は合いません」
スペードは溜息を吐く。
「へぇ」
「あれを食事と呼ぶのもおぞましいのですが?」
「先に訊く。どんなモノがあるの?」
蛇とか蛙の卵とかイナゴとかでないよね?
「果物と、菓子類に甘ったるい飲み物が付きます。酒は一切無しで」
「……うん。あれだね。ケーキにジュースとか子供のお誕生会みたいな感じだね」
それはきつい。
宙なら気を失う次元だろうに。
「玻璃は大喜びしそうですがね」
「セシリオは平気なの?」
「酒が無いのは寂しいですが、新鮮な果物は嬉しいですよ」
それに、と彼は続ける。
「食べ物を無駄にしないことは僕の美学ですから」
祝い事に顔面にぶつけるためだけのケーキを作る奴が何を言っているのだか。
「お菓子は嫌いか?」
ネットーノがスペードを見上げた。
あ、ちっちゃい。
スペードがでかいのか。
「別に嫌いではありませんよ。ヴィオーラ伯」
スペードなりに気を使っているのだろうが、小さな伯爵はびくりと震えた。
「い、異界の客人、夕食まで時間がある。城の美術品でも見て回ればいい」
彼は言って大きなウサギを抱えて玩具の城へと歩き出すが、ウサギが大きすぎてよろけている。
可愛いなぁ。
「スペード」
「なんです?」
「このウサギ、部屋まで運べる魔術とかないの?」
「できる限り魔術に頼るなと言うのが師匠の口癖でしてね。僕も、必要最低限にしか魔術を使わないように気を使っています」
絶対嘘だ。
めんどくさいからとかそんな理由に違いない。
「それに、なんでも魔術で解決できてしまっては退屈でしょう?」
スペードは笑う。
そうか。
長すぎる人生に少しでも楽しみを見出したいから魔術を使うなって教えたんだ。あの魔女は。
無駄こそが人生の楽しみ。
まるでそう教えたかったかのように。
残念ながら伝わらなかったみたいだけど。
「伝わってこそ言葉、伝わってこそ心。だよね?」
「は?」
「スペードはもっと相手の立場で考えた方が良いよ? 大事なことがちゃんと伝わらないと意味が無いからさ」
人間と動物の違いは何か。
そう訊ねられた時、私は「宗教を持つか否か」と答えた。
先生は面白そうに笑っていた。
「ねぇ、スペード」
「なんです?」
「人間と動物の違いってなに?」
「美を感じるか否か、ではないですか? 音や色彩に芸術という概念を使って評価するのは人間くらいです」
「成程、ね」
じゃあ、まだ人間なのかな?
「人間と化物の違いは?」
「そうですね……退屈を楽しめるか、でしょうか。今日は随分おかしなことを訊きますね」
「んー、おじいちゃん子だから。私」
「お馬鹿さん」
軽く小突かれる。
スペードって、結局私に甘いよね。
本気出せば頭の骨粉々にすることだってできる癖に、わざわざ加減してくれてるもん。
「やっぱ、好きだなぁ。あんたのそう言うとこ」
「は? い、いきなりなにを?」
赤くなってる?
なんでここで?
理解できない。
「スペード、早くウサギを置いて回廊に……すみません、お邪魔でしたか?」
「いえ、セシリオ、ウサギはムゲットに直接郵送させたらどうです? 二匹は邪魔くさいでしょう?」
「それではお土産の意味がありません。それに、この子だって気に入っているのでしょう? ふかふかですし」
セシリオはウサギの腹を押して弾力を楽しむようだった。
「もうすぐ夕食の支度が済むそうですよ。どうやらヴィオーラでは彼の他にも使用人を公募で雇っているようですね。珍しい」
セシリオは楽しそうに言う。
「進んで貴族の犬になりたがる連中が居るなんて信じられませんが、奴隷が居ないのは心地いいですね」
そう言って、セシリオは長い廊下を歩いて行く。
背中に孤独を背負うようなそんな空気を纏いながら。