努力
ヴィオーラは治安が悪いらしい。
伯爵はジルとアラストルとしばらく話すらしいので保護者とスペードを連れて街を見せてもらうことにした。
いや、伯爵が苛められないように見張るのがアラストルの仕事なんだけどさ。
「ってか、スペード! あんたさっきからうざい」
なんで?
なんでがっちり腰掴んでるわけ?
「お馬鹿さん、迷子になったら売られますよ?」
「は?」
「ヴィオーラは治安が悪いので盗賊が多いんですよ。さっきから三人ほど僕の財布を狙って来る勇者が居ましたよ」
まだ城を出て一時間も経ってないのに……。
「だからって腰に腕を回す必要はないでしょ?」
なんでいじめっ子のスペードと一緒に歩かなきゃいけないのさ。
「折角だからセシリオパパと手を繋いで歩きたい」
「おや、嬉しいことを言ってくれますね。昔瑠璃に言ったら思い切り足を踏まれたのに」
懐かしそうに言う彼は老人のようにも見える。
いや、実際中身は老人か。
「で? さっきからパパの財布を狙ってた大馬鹿者はどうなったの?」
「今日は機嫌が良いので殺さないであげましたよ。ちょっと出血多量になる程度に刺しましたがぐっさり指したので無理に抜かなければ死にません」
笑顔で言うあんたが怖いよ。
って、こんなのに慣れちゃった私ってどうなんだろう。
溜息が出る。
「どうしましたか?」
「……いや、なんで私今ここに居るんだろうって思っただけ。折角帰れたんだからそのまま残れば良かったなって」
「馬鹿なことを言わないでください。お前が戻らないと言うのなら、僕が迎えに行きます」
「は?」
できないんじゃなかったの?
「スペード、時空移動は時の魔女の専売特許でしょう?」
「別にあの程度、三日も真面目に修行すればできるようになります。面倒だからしないだけです」
こいつ……。
「やっぱ嫌い。すっごい腹立つ」
けど、天才なんだろうな。
努力と無縁で生きてきたんじゃないかって思うくらい。
「スペードは、優秀な魔術師です」
「認めたくないけど、分かるな。なんか顔色一つ変えずにさらってやっちゃうんだよね。魔術だって気付かないくらい」
「無言魔術が得意なので厄介ですがね。でも、それはそれだけ彼が努力した証ですよ。彼はちょっと人より魔力が高くて記憶力が良くて手先が器用なだけの男です。何かを言われれば普通に喜び傷つく。普通に人を愛する誰かの息子で弟で友人で恋人で宿敵で他人の男です。そんな崇めるような、うらやむような視線を送る必要はありませんよ」
セシリオは微かに笑う。
人を見下しているような自嘲しているようにも見える笑みだが、これは彼の普通だ。
「別に崇めたりはしないよ。ただ、何でもさらってやっちゃうから神様に愛されているんだろうなって思うだけ」
悔しいけど顔も良いし服のセンスだって独特なのに妙に似合ってる。
「スペードは僕よりずっと努力家ですよ? 僕は殺すことにしか能がありませんが、彼は治癒もできますからね」
その評価はどうかと思う。
「セシリオ、気色悪いことを言わないでください。僕は努力だの友情だのそう言った話は嫌いです。ついでにあなたのその電波な人間関係論も。僕とあなたは利害が一致するから居るだけでしょう?」
「では、何故その子をそんなにも大切そうに扱うのですか? さっさと殺せばいいのに」
殺し屋の目だった。
いつもの温厚そうなセシリオは居ない。
一瞬で消えた。そして暗殺者の、殺し屋のセシリオが現れる。
これは何?
「殺気をしまって下さい。いくら僕が死ななくてもひしひしと痛い。それに、この子が怯えています」
肩を抱かれて驚く。
けれどもひしひしと伝わる殺気に動くことも目を逸らすこともできない。
綺麗。
恐ろしいのに美しい。
ああ、コレがセシリオ・アゲロなんだ。
「……いけません。彼に惹かれては」
「え?」
耳元に囁き声。
それと同時に殺気が消えた。
「いけません。お前には向きません。彼に惹かれて散った者は数多い」
「おや? その子は中々筋が良いと僕は見ているんですけどね」
セシリオが笑う。
「この子はどちらかと言うと魔術師向きです。あなた達のようにひたすら肉体を鍛え上げ、知恵を絞って人を殺す繊細な作業は向いていませんよ。一度見た魔術をすぐに再現できるほどの優秀な娘を魔術師に育てずに放っておくなど魔術の研究家が見れば嘆くでしょうに。僕は、魔術の発展や後世への伝授には興味有りませんが、すぐそばに居る才能ある若者を潰してしま様な勿体無い事はしません。もしかすると、僕の人生を面白くしてくれるかもしれませんからね」
「弟子はもう取らないのでは?」
「弟子にするつもりはありませんよ」
二人が言い合いを始めてしまった。
止める人間が居ないじゃないか。
この国じゃ喧嘩は見世物になりかねない。
予想通り周囲は人に囲まれていた。
「綺麗な格好してんなぁ」
「貴族じゃねぇか?」
「殺して金目のモノ根こそぎ頂くか」
え?
噂の盗賊?
「ちょ、二人とも? ヤバいの居るけど?」
「放っておきなさい。すぐに飽きます」
「大体スペードが素直じゃないのが良くないんです。愛しているならそのまま真っ直ぐ愛を告げなくては! 僕のように!」
「だから、僕はあなたのような電波には付き合えません」
ガン無視。
いや、そりゃそうだよね。
国でトップの実力者たちがこんなモブの相手するわけないって。
でも、これってとばっちりで私危ないよね?
仕方ないな。
「ちょっと借りるね」
「え?」
「は?」
セシリオのポケットからナイフを掏る。
「ごめん、やられる前にやるの基本らしいからさ。それと、こっちの魔術師はともかくこっちのお兄さんは庶民だよ。襲うなら貴族クラスだけにしときなよ。迷惑だ」
十五人か。
あちゃ、ナイフ足りなかった。
「なんだあ? この餓鬼……」
「あの一瞬で何を?」
盗賊が逃げ出した。
「え? 雑魚にも程があるだろ……」
「……本物の天才とはこの子の事を言うのでしょうね」
「まったくです」
さっきまで喧嘩してた二人がそろって溜息を吐いてる。
「へ?」
「セシリオから武器を掏るなんて命知らずな真似をできるのはお前くらいですよ。セシリオも、気付かなかったのですか?」
「気付きましたが……止める前に次の行動に出られてしまって……正直、玻璃と同じ程度には才能があるかと思います。こんなことできるのは玻璃とこの子くらいですよ」
寝込みを襲えるのは朔夜だけだと話していたのは覚えているが何かと娘たちに負ける点があるらしい。
「なーんだ。恐怖の代名詞って大したことないんだね」
「え?」
「うそうそ。それよりさ、折角ヴィオーラの街なんだから玻璃のお土産選ぼうよ。可愛い玩具がいっぱいだよ」
なんでできたのって言われたってできるものは仕方ない。
ちょっと前にスペードがやっていたことの真似をしただけだし。
「……魔力を悟らせない魔術と時間を緩やかにする魔術に身体の動きを止める魔術を同時に使用したのでしょうね。どれも中級魔術ですが、こんな使い方をしようと思ったあの子の頭が理解できません」
「冷静に分析するあたりが魔術師ですね。スペード」
「……どれも、一度ずつしか使ってない魔術です」
「ほぅ」
「僕は、使用できる魔術の幅が広いのでそう何度も同じ術を使いませんし、あの子に教えたのは本当に初歩の初歩だけですよ。用途の分からないような所謂使えない術だけです」
「その時間を緩やかにする魔術って何の時に使ったんですか?」
「貴重な薬草の瓶を落してくれた馬鹿がいましてね。時間を緩やかに動かして落下する前に拾いました」
「あまり使えなさそうですね」
「ええ、初めて使いましたから」
スペードは呆れ顔で溜息を吐く。
ごめん、その馬鹿武って言うわ。
「スペードってめんどくさがって魔術使わないもんね」
「そうでしたか? まぁ、賭けの方が面白いですしね」
ダメ人間一号。
なんか、スペードって放っておけないんだよなぁ。心配になるって言うか……。
「まぁ、お前の才能は僕が保証しますよ」
「あ、ありがと」
あんまり魔術師になる気はないんだけど。
そういえば、スペードってどうなんだろう?
わざわざ弟子入りしたって言うから魔術師になりたくて魔術師になったんだよね?
ま、いっか。
「あ、あのウサギ可愛い」
「子供ですね」
「おじーちゃんに比べたらね」
ウサギのぬいぐるみ。
近くて見れば結構デカイ。
「すごいコレ、ベルカナくらいの大きさだ」
「そう言えば昔玻璃が欲しがりましたね。瑠璃に一瞬で壊されましたが」
なにやってんだよ。あの姉さん。
「お小遣い足りるかな……」
「買って行くんですか?」
「だって、玻璃がコレにダイブしてるとこ想像すると可愛いよ。あ、ギリ足りる」
真面目にお手伝いしてて良かった。
「……店主、二つ買いますから八割引きなさい」
「無茶言わないでください、貴族様」
「僕は貴族ではありません。子供相手にあの価格で売るつもりですか? それに、こんな不細工な人形があの子供以外買うと思えません。八割引きなさい」
「無茶な!」
スペードが店主を脅し始めた。
ってか八割って……。
「殺生な……」
「スペード、いつもみたいにもっとこう、なんか上手く言わないんですか?」
「僕は面倒事が嫌いですので。手っ取り早く強盗にしますか?」
「……お土産なんだけど?」
視察先で問題起こさないでくれ。
スペードを宥めるのに日暮れまで掛かった。
ぬいぐるみはどうやったのかセシリオが九割引きにさせてしまった。
どうしてそうなったかは怖いから聞かないことにした。