鮮血の従者
案内された応接間はとても応接間には見えなかった。
おもちゃ箱の中という表現が一番しっくりきそうだ。なにせいたるところに人形が溢れかえっている。
そして、この城の主であるヴィオーラ伯はふかふかのクッションのような椅子に埋もれそうになりながらウサギの人形を抱きしめている。
心細そうどころか完全に怯えているように見えるのは大人たち(特にジルとスペード)の目つきが悪すぎるせいだとおもう。
残念ながらジルの三白眼は生まれつきなのでどうしよもないだろう。
「ねぇ、大丈夫なの?」
思わずセシリオに訊いた。
たぶんこの中で一番子供の扱いには慣れているはずだ。
「さぁ? まぁ、僕には関係の無い話ですからね」
本当にどうでもよさそうに答えられる。
「粗茶ですが」
びっくり箱のようなものの上にカップが載せられる。
「これ、テーブルだったんだ」
「ええ。ネットーノ様が落ち着ける環境でなければ客人と話をすることも出来ませんので」
何故だろう。この国の伯爵たちは妙に従者に甘やかされている気がする。
「メルクーリオって本当に凄い人だったんだなぁ」
「なんです? 急に」
「いや、メルクーリオって一人であんな広いお城に住んでるでしょ? 甘やかす従者も居ないし」
「だから頭がぶっ飛んでるんですよ」
せっかく尊敬しようと思ったのに、一瞬でスペードに打ち砕かれた。
「なんでさ」
「あれは異常だ。玻璃を追うあれの姿を見たでしょう?」
そう言えば……。
「ウラーノのように従者が多すぎればそれはそれで問題ですが」
「え?」
「異常に多い。あそこは」
「へぇ」
まだ見たこと無いけど、少し驚く。
「いつも馬車にも居るでしょうに」
「え? 一人も見たことないけど」
「見えませんからね。でも、存在はしている」
スペードの言葉をうまく理解できない。
謎掛けの言葉遊びのようにさえ思える。
「ナルチーゾの従者たちは皆精霊。力あるものしかその姿を目にすることはできません。それに、ただ、魔力だけではなく、従者でなければ」
ネレイドは優雅に微笑んだ。
「じゃあカロンテたちには見えるってこと?」
「おそらく。尤も私はまだナルチーゾ伯とその従者たちにお会いしたことは無いのですが」
「へぇ。ネットーノとの付き合いは長いの?」
「お仕えして百年ほどに」
それが長いのか短いのかは既にわからない。
ただ、あの小さな伯爵が私よりずっと年上だということだけは理解できた。
「い、異界の客」
「何?」
「へ、陛下はご息災か?」
「あ、うん。あのさ、私はその陛下からのお遣いで来てるんだけど」
「そ、そ、そう……」
声が震えてる。可哀想に。
「ジル、苛めないの」
「苛めてないよ。ヴィオーラ伯は陛下に背くことなどできやしない。役立たずではあるが無害だ」
いや、その表現は酷すぎるでしょ。
「ごめんね。悪気は無いんだ。この子」
「この子って……」
「あとこっちのおじーちゃんも口と目つきは悪いけどそこまで酷い人じゃないからね」
言った瞬間小突かれた。
「誰がおじーちゃんですか。僕はまだ四百代です」
「十分じいちゃんだろ。ってか普通人間って百四十前後までしか生きれないから」
「そうでしたか?」
「化け物」
不毛だ。
こんな口論は望んでいない。
「異界の客は妙なことを言うのだな」
「え?」
「百四十で死ぬのは本当に弱いものだけだ。私はまだ百を超えたばかりだが、異界の客よ。私はまだ、こちらでは幼いほうだ」
「へ、へぇ……じゃあ、アラストルってみんなから見たら…」
「子供、ですかね」
「子供ですね」
「子供だよ」
三人揃ってアラストルを否定しやがったよ。
「アラストルが子供だったら私は何さ」
「赤子ですか?」
「スペード、もうあんたと口利かない!」
ううっ、意地悪。
スペードなんか嫌いだ。