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嫌悪

 夕食の席でようやく本題に入ることが出来た。

「それで? 貴方はどう考えているんです?」

 酒が入ったからか、珍しくスペードが積極的にメルクーリオに話しかけている。

 いや、誰も口を開けなかったからかもしれない。

 はっきり言って普段のメルクーリオとはあまり口を利きたくない。

 なにせ寝てるのだか起きているのだか解らないほどふわふわした空気に包まれている。

 これで伯爵が務まるのは世襲制だからなのだろう。

「どうでもいい」

「へ?」

「興味が湧かない」

 メルクーリオは紅茶を啜りながら言った。

「いや、祖国が戦になるかもしれないという時にそんな暢気な……」

「ロートには関係ない話だ。ここは霧に護られている。それに、血生臭い話は好まない」

 メルクーリオは静かに言う。

「だったら部屋に篭ってレースでも編んでいなさい」

「細かい作業も好まぬ」

 すごいわがままだし。

「メルクーリオって普段何やってるの?」

「絵を描いている。曲を作ったり歌ったり……玻璃に何を贈ったら喜ぶかとかそう言ったことを考えている」

「そ、そう……でも、戦になったら玻璃も危ないよ?」

 もういい。玻璃を利用させてもらおう。

「玻璃をロートに避難させれば済む話だ。ここはクレッシェンテで一番安全だ。賭け事も無い」

 メルクーリオは静かに言う。

 この人は本当に賭け事が嫌いなんだと感じさせられた。

「玻璃はムゲットを離れることが出来ません」

「何故だ?」

「大切な人を土の中に置いているからです」

「土の中? 墓か」

「ええ。もう十年になりますが」

 セシリオは料理を口に運びながら言う。

「そんなもの忘れれば良い」

「彼女にはそれができませんよ」

 セシリオが言うと、一瞬アラストルがぴくりと反応した気がする。

「アラストル、どうかした?」

「いや、戦を考えるのが嫌なだけだ。ムゲットが戦地になればリリアンの墓を発かれるかもしれねぇ。特に国境付近じゃ墓荒しが出ているらしいからな」

「墓荒し……」

 墓を発いてどうするつもりなんだろう?

「ああ、子供の骨ですね」

「骨?」

「ええ、子供の骨は良い刀になる」

「は?」

「骨や歯を加工して武器を作るんですよ。特に子供のものは良いとされる。僕は好みませんが」

 スペードは軽蔑するように言う。

「骨だけではありませんよ。金の小刀を一緒に埋葬する習慣がありますからね。金が目的かもしれません」

「何にせよ、墓が発かれるのは気分が悪い」

 アラストルは眉間に深いしわを寄せながら言う。

「それよりもさ、不思議だったんだけど」

「何です?」

「クレッシェンテって子供少なくない?」

 ここに来てから陛下とベルカナ以外の子供を見ていない。いや、陛下はあれで二百年だかの治世だから子供ではないかもしれない。

「そうですね。少ないでしょうね」

「そうなの?」

「ええ、まず小さな子供は家の中に隠します。誘拐されたり殺されることが多いので、自分の身を守れるようになるまでは隠します。親の居ない子供は大抵餓死します。この国で盗みを働いて食うにしても知恵の無い子供や能力の低いものは直ぐに殺されます。後は、保護下にあっても誘拐されることが多い。それで他国に売られればもう戻っては来ないでしょう」

 セシリオは淡々と言うが、それだけで異常なほど少ない子供の問題を片付けられるとは思えない。

「セシリオ、ちゃんと説明してあげたらどうです? 最早この国は子供を作れないと」

「どういうこと?」

 スペードを見上げる。

 アラストルは食事の手を止めてしまった。きっと良くないことなんだろう。

「王が狂えば子供は生まれない。子供は地下から生まれる。それは親の血と王の魔力を注がれて育つ。だが、王の魔力が十分に与えられなければどんなに血を与えても生まれない」

「血と魔力?」

「ええ。クレッシェンテ人は少なくとも魔力を持って生まれる。後はそれを使いこなせるかどうかで魔術を使えるかが決まる。不思議なことに成長の過程で失うものや大幅に増幅するものも居る。いまだにその過程は解明されていない。ただ、王が今、この国に子供は必要ないと判断している可能性も否めない。僕には関係の無い話ですから、詳しい情報が欲しければユリウスかカァーネあたりに訊けば何かわかるかもしれませんね」

 スペードはグラスを空にして言う。

「土から生まれてくるの?」

「だからそう言っているでしょう」

「どうやって?」

 実は地底人だったりするんだろうか。この人たち。

「まぁ、魔術の過程で人間を作ることも不可能ではないのでしょうが……試したくもありません。気持ち悪いでしょう?」

 スペードは笑う。

「地下から生まれるのであって土から生まれるわけではない」

「ん?」

「どういうこと?」

 メルクーリオの言葉が理解できない。

「王宮の地下に、特殊な装置がある。それに陛下の魔力が供給されている。子供を望む番いが、宮廷騎士に申請して装置に血を注ぐ。装置の中で子が育つ。ムゲットの場合は」

「ムゲットの場合? じゃあ他は?」

「それぞれの伯爵の城の地下に同じ装置がある。陛下の魔力も其処まで供給される。違うのは、申請する先が伯爵か騎士団かの違いだ」

「ってことは一番近いところで申請するの?」

「ああ。だが、ムゲットで生まれるものの方が優秀だと民は言う。だが、私はそうは思わない。ロートは優秀な魔術師が良く育つ。ナルチーゾは良い戦士が育つ。アザレーアは今は無いが、昔は良い技術者が育っていた。ローザは研究者が素晴らしい。どれもムゲットにはないものだ。それぞれの伯爵の魔力が注がれるからかも知れぬ。尤も、ナルチーゾ伯は武術も魔術も苦手なようで、近頃は芸術家が増えつつあるがな」

 子供の将来を考えて場所を選べとでも言いたいのだろうか。

「この国の将来が激しく不安だよ」

「馬鹿、そういうことは思っても口に出すな!」

 アラストルに怒鳴られる。

「アラストル・マングスタ、食事の席です。もう少し大人しくなさい」

「悪い。だが……こいつはこの国を理解できていない。早く教えてやらないと直ぐに処刑台送りになる」

「その時はその時です」

 スペードらしいがそれは酷いな。

 まぁ、自業自得か。

「私はみんなと同じ程度にはこの国を想っているつもりなんだけどな」

「それはつまり国が滅びようとも構わないということですか? それともとっとと新しい王を立てようということですか?」

「え? スペードそんなこと考えているの? 私は争いごとは嫌だから事前になんとか止められないかの方向で考えてるんだけど」

 なんかショックだ。

「この国が好きだって思ってるのは私だけ?」

「まぁ、居心地が良いのは認めましょう」

 スペードは言う。

 素直じゃない。

 そうか。クレッシェンテ人は思っていても絶対口には出さないのだろう。

「もう、本題がそれているぞ」

「ええ、しっかりなさい」

 アラストルとセシリオに言われ、本題を思い出す。

「ロートが今回の件にどう関わるか、だったね。中立、で良いんじゃない? そういうのもありだとは思う。あとは陛下がどう考えるかでしょ? 私は結論まで出せないもの」

「……ずいぶんといい加減ですね」

 スペードが呆れたように言う。

「私は構わない」

「じゃあ、メルクーリオが言うならそれで。ところで、ちょっと、お願いしても良いかな?」

「なんだ?」

「名前、長いから略させて」

「ん?」

 メルクーリオは僅かに目を見開いた。

 驚いたというか理解できていないようだ。

「メルクーリオって長いから……メル、とかそのあたりで呼ばせてもらいたいなぁって」

「……好きにすると良い」

 あ、呆れてる。

 まぁいいや。

「カトラス、ロートを出ても油断するな」

「どういう意味です?」

「クォーレ・アリエッタが何かをたくらんでいるようだ」

「クォーレ・アリエッタ?」

 前にも聞いた名だ。

「赤毛の気の強い女だ。賭け事を好む。が、裏では何をやっているか分からぬ奴だ。そなたも用心したほうが良い」

 眠そうにメルは言う。

「う、うん……」

 ルシファーが賭けで負けて黙っているとは思えない。

 と言うことは暴れだしたルシファーを止めるくらいの実力を持つ人物なんだろう。

 そんな人に会わなくてはいけないと思うとゾッとした。

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