家庭教師
メディシナの待つラウレルへ向かう。
途中、スペードが随分と不機嫌そうだったが、それは気付かないフリをして過ごした。
「メディシナ」
「ああ、お前か」
メディシナは書類から視線を外さずに、ただ返事だけをした。
「私の住処、確保してくれた?」
「ん? ああ、忘れてた」
「はぁ?」
思わずふざけるなと叫びたくなったがなんとか理性で蓋をした。
「別に、此処で住み込みで働けばいいだろ? 商売やら読み書きの勉強もさせてやる。立派な商人になれるぞ」
メディシナは冗談なのか本気なのかわからない。けど、今のところ商人になる予定は無い。
「いい、セシリオのとこ行く」
「随分あのセシリオ・アゲロに懐いたみたいだな」
「だって美人だし」
「……そうか?」
「うん」
「チビが好みなのか?」
「あー、セシリオに言いつけてやる!」
「ああ、ついでに世の中金で身長も買えることを教えてやってくれ」
メディシナは言う。
「え? 本気?」
「ああ、両足骨折させて引き伸ばすっつー荒業だけどな」
「そりゃセシリオは買わないわ。痛いの嫌いそうだもん。ドSだから」
「Sってのは何だ?」
「え? 使わないの?」
クレッシェンテ……奥が深い。
「えーっと、もういいや、イニシャルってことで」
あれ? セシリオってCだっけ? まぁいいや。
「随分いい加減だな」
「全くです」
あ、スペードなら間違いなくSだ。って……。
「別にどうでもいいよ。そんなの。それよりセシリオのとこに案内して」
「知りませんよ、そんなの」
「俺も取引はいつも酒場だからな。いっそ酒場で働くか?」
「あーそれは情報収集にいいね。メディシナの悪い噂いっぱい集めて広めようか」
「名案です」
後ろから突然聞こえた声は丁度つい先ほどまで話題になっていた人物だ。
「セシリオ!」
「久しぶりですね。真っ先に会いにきてくだされば玻璃が喜んだのに」
「今、ディアーナ本部の場所を聞いてたんだよ。それよりさ、メディシナが私の住む場所と仕事を確保してくれなかったの。行く場所ないや」
「おや、だったら僕のアジトに来ませんか? 玻璃が喜びますよ」
「本当?」
玻璃に会えるのは嬉しい。お土産も買ってきたし。
「待ちなさい」
喜びに浸ろうとするとスペードが必死そうに叫ぶ。
「このお馬鹿さんの身柄は僕が確保します」
「おや? スペード、この子の面倒を見られるんですか?」
「当然です」
「珍しいこともあるものだ。そうですね、スペードでは心配です。玻璃を家庭教師に派遣しますよ」
ってことは……。
「私がこの詐欺師のところに行くのは決定事項ですか?」
「問題ありますか?」
「……贅沢言えないけどさ……これと同居は無理!」
「何故です!」
スペードは必死になって私を見る。
「おい、おめぇら、そういうことは余所でやれ。ここはラウレルだぞ」
「ご、ごめん。って! お前のせいだろ」
思わずセシリオのナイフを奪ってメディシナの喉に突きつける。
「……これは……」
「……なかなか……」
「……才能あるじゃねぇか……」
三人そろって私を見る。
「やはりディアーナで保護します。なかなか見込みがあるようですから」
そう、セシリオが笑う。
「僕だって殺しくらい教えられます。それに、僕は魔術も詐欺も教えられますから僕が保護します」
スペードは必死そうにそう言う。
「それに、このお馬鹿さんは僕のものです」
メディシナから引き離すようにスペードは私の肩を抱く。
愛おしそうなスペードの声に思わずときめきそうになる。
何をしているんだ私は! 相手はスペードだ!
「私はものじゃない!」
そう言うのが精一杯だった。