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幻影

 出発の前、ローザ伯はいろんな童話を読み聞かせてくれた。


 はっきりいってうんざりした。


「お気を付けてくださいませ、お嬢様」

「その呼び方、凄く嫌です。カロンテ、むしろ糞餓鬼とか呼ばれたほうが安心するからそうしてください」

「そういうわけには」

 出発前にカロンテとバトル。

 勝てるわけが無かった。

「パパ、カロンテ怖い」

「おや、あなたにも怖いものがあったんですね。驚きました」

 セシリオに言えば笑って流された。

「おじいちゃん、助けて」

「誰がおじいちゃんですか。さっさと乗りなさい。置いていきますよ」

 スペードに摘み上げられ馬車に乗せられる。

 あの細っこい身体のどこにそんな力があるんだろう。

「スペードって意外と怪力だね」

「お馬鹿さん。僕は魔術師ですよ」

「あ」

 魔術師ってなんかめんどくさい呪文唱えたりとかそういうのしないんだという驚きは結構前にあったけど、こんなに日常生活の一部みたいに魔法を使えるものなのかと改めて驚く。

「こんなことにいちいち魔術を使うのはスペードくらいじゃないですか?」

「このお馬鹿さんがあまりにも鈍いのでつい」

 スペードは笑う。

「ったく、ズルしてねぇで普通に鍛えりゃいいだろ」

「貴方みたいな筋肉馬鹿と一緒にしないでください。アラストル・マングスタ」

 こうやって見ると本当にスペードはアラストルが嫌いなんだなぁと思う。

 何せアラストルを見ればいつも睨む。

「もっと仲良くしなよ。ね? ジル」

 馬車に乗ってから一言も口を開かないジルを見て言えば、眠っているようだった。

「こんな時に良く寝られますね」

「殺気を出せば直ぐに起きますよ。彼はそういう男です」

 呆れるスペードにセシリオは言う。

「で? 貴方はいつまでその格好なんですか? セシリオ、いえ、セシリアでしたか?」

「そうですね……いつまでにしましょうか?」

 ローザで既に素を出していたくせにそう言うセシリオが可笑しい。

「いっそオルテーンシアまでそのままで居ますか?」

「それも悪くないですね」

「やめろぉ。気色悪い」

 アラストルは吐くまねをしてみせる。

 平気でこういうことを出来る人間だったのかと思うと少しばかり驚いた。

「失礼ですね。まぁ、僕も時々思いますけど。女装した男に本気で求婚して来た貴方のボスに」

「げっ……」

「へ、へぇ……」

 やっぱり。ルシファーがセシリオを嫌いなのって、昔の恥を思い出したくないから避けてるだけだったんだ……。

「ウラーノもでしょう?」

「あれは未だにですよ」

「クレッシェンテって男同士も結婚できるの?」

「出来ますが……まぁ、特殊ですね。ああ、女性同士も出来ますよ。それに、男は妻を一人ですが、女性は夫を何人でも持つことが出来ます」

「何で?」

「女王の国だからでしょうかね? 何代か前の女王が国中から好みの男を後宮に集めたと言う話を聞いたことがあります。まぁ、師匠の話ですから本当かどうかは知りませんが」

「本当だよ」

 急にジルが口を開いて驚いた。

「十二代前の王だよ」

「く、詳しいね」

「宮廷騎士だからね。もっとも、陛下は男に興味が無い。少し前に国から男を追い出すと言うことを本気でお考えだった」

「じゃあジルも追い出される?」

「かもしれない」

 ジルはあくまで冷静だった。

「だが、カァーネとポーチェが止めていた。僕としては陛下の意思に従うしかないと思うが、あの二人は違ったらしい。確かに宮廷騎士の八割は男だからね。男を全て追い出せば陛下を護る人間が居なくなる」

 それは大変なことだとジルは思っているらしい。

「あの陛下なら自分の身は徹底的に自分で護れそうだけど……」

「まぁ、陛下の魔力はそこらの魔術師とは比べ物にならないほど強大だが、残念ながら肉体がまだ追いついていない」

「え?」

「陛下はまだ完成されていない」

 ジルは静かにそう言って、それきり口を閉ざした。

「どういうこと?」

 仕方なくスペードに訊ねる。

「自分の魔力を使うのに肉体が追いつけないと言うことです。お馬鹿さん。お前と同じですよ」

「へ?」

「まぁ、お前は魔力の使い方を理解していないと言うほうが大きいですが、体内にどれだけ魔力を隠し持っているか解りませんね」

 私が魔力を?

「ほぅ、お前、魔術師向きか。珍しいな」

「そうでもありませんよ。貴方も魔力はそれなりに持っている。使いこなせてないだけだ。魔術師が少ないのは魔力を持つ人間が少ないからではない。使いこなせない人間が多いからです」

「へぇ、じゃあセシリオも?」

「セシリオは逆に珍しいですよ。魔力を殆ど持たない。と言うより、肉体の再生に勝手に魔力を奪われて、魔術として利用できる力が残らないのでしょうね。ウラーノも同じです。逆にメルクーリオは魔力が有り余って常に発散されている状態です。あれの近くで幻影が現れるのは余った魔力の仕業ですね。ロートの家系は特に魔力が過多になり上手く利用できないものが多い。それで自滅するものも少なくは無いが使いこなせればそれなりに優秀な魔術師にもなれる」

「ってことはメルクーリオって優秀なんだ」

「まぁ、そこらの愚図に比べればの話ですよ」

 素直じゃない。本当はメルクーリオのこと認めてるくせに。

「僕の奥さんは魔力自体はそこまで強くはありませんが、体内で増幅させて魔術を使うことが出来ますよ」

「へぇ、そんなことも出来るんだ」

 生まれ持った量が全てではないということだろうか?

「あれはまれですよ。リリムは未だに完全にコントロールできずに余った魔力を蝶として具現化させていますがね」

 魔術師にもいろんなタイプが居るんだ。

 なんて頷いていると、急に明るくなった。


「何?」

「ロートです。気をつけなさい。お前は眼鏡を掛けていなさい。セシリオ、あまり僕やマングスタから離れないでください」

「ええ、で? なにかありそうですか?」

「おい、馬が河に向かってるぞ」

 アラストルが見えないはずの右目を見開いて言う。

「ああ、馬が幻影に騙されているようです。降りましょう。先に降りなさい」

 スペードに馬車から突き落とされた。

 不思議と痛くは無かった。


「……蓮?」


 気がつけば蓮の花の上に居た。

「怪我はありませんか?」

「う、うん。この蓮ってスペードが?」

「ええ、衝撃を吸収しますからね」

 やたら甘ったるい匂いがするけど文句は言えない。

「ってかここ、蓮だらけで臭い……」

「ロートですからね。で? 馬を切り離したら馬だけ河に流されましたが、どうするんです?」

 セシリオはスペードを見る。

「歩きましょう。メルクーリオから馬を強奪すれば良い話です。あれの馬は幻影に慣らされている。このロートを正確に走れる馬はあれの馬だけです」

 スペードは忌々しそうにそう言った。

「おい、大丈夫か?」

「あ、うん」

 アラストルが駆けてくる。

「ってか、アラストル、目は?」

「は?」

「右目、見えないんじゃなかったっけ?」

「ああ、なんかしらねぇけどよ、魔術師の近くだとたまに見えることがあるんだよ」

 こいつのせいじゃねーか? とスペードを指すが、スペードは笑う。

「ハハン、自分の能力にも気付かないとは。面白い男ですね」

「どういうこと?」

「右目は魔術を見破る目ですからね。普通のものは見えません。魔術の本質を見るための目ですからね。あの通路を見破ったのは流石ですよ。アラストル・マングスタ」

 スペードは興味深そうにアラストルの目を見た。

「こんな蓮だらけの場所に直進の道があるほうが驚きだろう」

「ですね。尤も、蓮は河には育ちませんが」

 ここら一体にあるのは池ですとスペードは言う。

「ほら、この蓮の葉を歩いていくしか城に辿り着く方法はありませんよ」

「へ?」

「まさか、最初から知ってたんじゃねーだろうな?」

 アラストルは不審そうにスペードを見た。

「さぁ? それより、急がないと日が暮れますよ。それと、セシリオとこのお馬鹿さんは平気ですが他のものは急いで渡らないと蓮が沈みますよ」

「へ? 体重制限あるの?」

「植物ですからね」

 スペードは笑いながらさっさと進んでしまう。

「待ってよ!」

 こんな不安定な葉の上を歩かされるとか怖い。

「おっと、僕も危険ですね。やはりナイフが重いのでしょうか?」

 セシリオもゆっくりは進めないとさっさと飛び越えていく。

 オニバスでさえ子供しか歩け無いんだから私が乗ったら沈むかもしれない。

「早くしなさい、置いていきますよ」

 スペードにせかされる。

「僕が歩いて平気なら君だって平気だよ」

「ジル、体重どのくらい?」

「陛下二人分だ」

「いや、陛下の体重知らないから」

 知っているジルが怖いよ。

 陛下が軽いのかジルが重いのかも解らないし。

「大丈夫。君よりは重いよ。剣の分」

 さりげなく失礼なことを言ってくれた。

 そし、ジルも進んでしまう。

「あーっ! 置いてくな! 馬鹿!」

 怖いじゃん。こんな不安定な道。

「ほら、さっさと行け。俺の後だと道が無いかも知れねぇぞ」

 アラストルに急かされる。

「ってかこの蓮本物?」

「多分な」

 覚悟を決めて葉に乗る。


「あれ?」


 沈まなかった。

 セシリオの時は沈みそうだったのに。

「セシリオって、意外と重い?」

「ナイフの分だろ。ほら、さっさと行け」

 思ったほど怖くなかったので急いでジルを追いかけた。


 


 うわぁ、高松城……、じゃなくて。

「なんか和風だね。お城」

「幻影ですよ。眼鏡を掛けなさい、お馬鹿さん」

 スペードに小突かれた。

「あ、ホントだ」

 なんか映画に出てくるセットみたいな古い城がある。

「見たものが考える城を見せるんですよ。そうすることで入り口に辿り着けなくさせる」

「そうなんですか? 僕にはそうは見えませんが」

「貴方のそれは慣れでしょう? 昔僕の部屋に勝手に侵入してきましたからね。貴方は」

「ふふっ、貴族の城なんて侵入するのは楽ですよ? 出るのが大変ですが」

「メルクーリオに見つかると長話をされますからね」

「ええ、あれは本当に大変でした」

 どうやらこの二人は相当昔からの付き合いらしい。

「入り口ってどこ?」

「……お前の目は節穴ですか? 門があるでしょう、門が」

「いや、門から見えないんだけど」

 あの距離歩くの凄く嫌だ。

「全く……乗りなさい」

 スペードがしゃがみだしたから驚いた。

「へ?」

「動きの鈍いお前に合わせて歩くのは疲れるといっているんです。乗りなさい」

「……あ、ありがと……」

 素直じゃない。

 けど、これがスペードなりの優しさなんだろう。

 お言葉に甘えることにした。

「おんぶ二回目だ」

「は?」

「アラストルに拾われた時もされたから」

「担ぐと動き辛いからな」

 アラストルは言う。

「お前は完全に荷物扱いですね」

「実際お荷物になってるしね」

 あ、自分で言って悲しくなった。

「気をつけなよ。後で高額請求されるかもしれない」

「うわっ、それありえそうで怖い」

「お馬鹿さん、お前に請求したところで支払えないでしょう? 安心しなさい。保護者に請求しますから」

「結局するんだ」

 保護者って誰に請求する気だろう。

「セシリオ、高いですよ?」

「おや? 困りましたね。娘を背負うという父親の役目を奪っておいて請求までするなんて。性格悪いですよ? スペード」

「今更ですよ」

「ですね」

 二人は笑う。

 相変わらずどこまでが冗談かわからない二人だ。

 正直、この二人の会話は怖い。

「おお、城が見えてきた」

 アラストルは見上げながら言う。

「なぁ、なんでこんなに霧が濃いんだ」

「霧では在りません。幻影を見ないものにはメルクーリオの魔力が充満しているこの空間が濃い霧のように見えるだけですよ」

 そう言ってスペードは巨大な扉の前に立つ。

 すると勝手に扉が開いた。


「待ちくたびれたぞ。カトラス。よくぞ戻った」


 どこか嬉しそうな、それで居て、酷く疲れた様子のメルクーリオが立っていた。


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