契約
いや、本当に困った。
「あなたも、僕の娘が良いですよね?」
「いや、我輩の娘になるのだ!」
この大人(老人?)たちの争いはどうしたらいいのだろう?
「アラストルパパ。どうしよう。みんな私を娘にしたいって」
「おー、どこでも養女になってこい。もう俺は面倒見切れねぇぞぉ。なんたって、武とかいう馬鹿預かってんだからよぉ」
あれ? アラストルが割と乗ってくれた。相当疲れてる。
「スペードおじちゃん、どうしよう」
「だれがおじちゃんですか。全く……お前みたいな馬鹿娘を養女にしようなどと考える彼らの気持ちが理解できません」
いや、妻とか言ってたのは誰さ。
まぁ良いけど。
「ユリウス兄ちゃんに助けてもらうから良いもん」
「誰がユリウスだって?」
うわぁ、不機嫌オーラ満載だ。
「ジル、あの大人たち、何とかしてよ。私を養女にするってさっきからなんか書類まで用意して言い争ってるんだけど」
「ふぅん」
ジルはどうでもよさそうにカロンテの持っていた書類を覗き込む。
「僕が受理すれば手続き完了だね。いいよ」
「は?」
どうやら私の味方は居ないようだ。
「さぁ、お嬢様、ご署名を」
カロンテの笑顔が怖い。
この人、顔が良いから余計に怖い。
「じゃ、じゃぁ、セシリアママとプルトーネパパじゃダメ?」
この際どっちもパパでもいいよ。
正直めんどくさくなってきたし。
何よりカロンテから解放されたい。
「僕が母親ですか? 朔夜があなたを娘にしたいと寝台と部屋着まで用意し始めてるのですが?」
「え?」
何しちゃってるの? あの人。
「我輩なんか子供部屋に童話集まで用意してあるぞ」
「完璧子供扱いですね」
「実際子供でしょう?」
「はい」
もうカロンテさんには逆らいません。
怖いです。カロンテ。
「もー、サインすればいいんでしょ? 貸して!」
カロンテから書類と万年筆を奪い取る。
「ジル、こことここで良いの?」
「うん」
「あ、クレッシェンテ語書けないんだった。スペード、お手本」
「知りませんよ」
自分の名前がこの国の文字でどうなるかなんて考えたことも無かった。
「祖国の文字でいいよ。陛下には僕から言っておくから」
「あ、うん」
楽譜の中に漢字ってなんだかシュール。だけどクレッシェンテだから仕方ない。
「この眼鏡、すごく役に立つ……」
涙出てきた。
「それは良かった。で? 結局どうするんですか?」
「もう、両方パパで」
ってか、函館の母さんはどうなるんだろう?
なんか一生クレッシェンテから出られない気がしてきた。
「おおっ、我が娘よ。お前も今日からローザの一員だ。どこでもローザを名乗るがいい!」
「あなたも僕の娘です。これを肌身離さず持っていてください。きっとディアーナの加護を得られますよ」
だめだ。この二人を余計エスカレートさせそうだ。
「盆も正月も絶対この二人のところには里帰りしない」
「賢明な判断だね。これはこっそり破棄しようか」
「え? それっていいの?」
「冗談だよ。僕が陛下を裏切るような真似をするわけない」
そういうジルが憎たらしい。
「それではお嬢様、お部屋にご案内いたします」
「へ?」
「お嬢様のお部屋にご案内させていただきます」
カロンテは笑顔でそういう。
まさかとは思うけど、プルトーネ・ローザの養女になると言うことは、カロンテというお世話係がおまけについてくるなんてことじゃ……。
「がんばりなさい。お馬鹿さん」
「え?」
「プルトーネ・ローザの相手は大変ですが、カロンテの相手はもっと大変ですよ」
スペードは見事に私をどん底に落としてくれた。
「さぁ、お嬢様のお部屋はここです。その隣は衣裳部屋となっておりますのでいつでも好きなものをお召しになってください。向かいの部屋は旦那様の書斎でございます。いつでも好きな時に入ってよろしいとのことですので、お好きな本を持って行かれても問題ありません」
「あ、ありがと……」
ダメだ。
カロンテの張り切り具合が異常だ。
「あの、カロンテ?」
「はい」
「ここ、広すぎない?」
思わずそう言ってしまった。
「そうでしょうか?」
「だって、アラストルのアパートの十倍はある……」
ああいう狭い空間に慣れている私にはスペードに与えられた部屋だって広いと感じていたのに、これは広すぎる。
「しかも何かベッドとかお姫様みたいだし」
あれだよ。なんか姫系ロリィタなお部屋特集みたいな装飾にアンティークな家具が揃えられたお部屋だよ。
「ここは何の撮影現場ですか?」
「お嬢様、長旅にお疲れでしょう。只今お茶を用意させていただきますので、ゆっくりお休みください」
完全にスルーされた。
ってか私だけ隔離ですか?
カロンテと二人きりとか耐えられない。
「えっと、パパは?」
「旦那様はユリウス様とお仕事の打ち合わせです。お嬢様はお気になさらずにお休みくださいませ」
え? ジルとローザ伯だけ?
「ちょっとまった! それ、私も仕事だから!」
慌てて部屋を飛び出す。
「あれ? 広間どっちだっけ?」
スペードの屋敷より広い上に迷路みたいな作りで全く方向が解からない。
「ご案内いたします」
「あ、はい」
苦手なんて言っていられない。
大人しくカロンテに従うことにした。