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夜の貴公子

「それで? この人選ですか?」

 セシリオは呆れたように言った。

「いや、これが最善だって魔女も言ってたし……」

「魔女の言うことはあまり信用しない方が良い。あれもかなり素性が妖しいからね」

 ジルはスペードを睨みながら言う。

「本当は今すぐ逮捕したいけど、陛下の勅命だからね。この任務が終わり次第、君を逮捕する」

「全く……貴方は会うたびにそれだ。僕は、簡単には捕まりませんよ」

 険悪な雰囲気。先が思いやられる。

「お前、よくこの顔ぶれで行こうと思ったな……」

「アラストルが居るから大丈夫かな? って」

「そ、そうか……けど……セシリオ・アゲロの隣……緊張するぜぇ……」

「おや、そんなに緊張しないでください。今回はこの子から頼まれない限りは殺さないという契約になっていますからね。何せローザの酒が掛かっていますから」

「セシリオって仕事の基準はお酒なの?」

「まぁ、気に入らない点が無かった時は、酒、金、他の要因ですかね」

 セシリオは笑う。

 他の要因は絶対朔夜の機嫌だろうに。

「ローザってお酒美味しいの?」

「僕は好きですよ。ナルチーゾの葡萄酒とは違います。穀物の風味のライ麦酒です。葡萄酒よりは強いですし、ムゲットでは中々手に入りませんからね」

「へぇ……」

 もう、宇宙人と会話している気分だ。

「アラストルは何か報酬貰うの?」

「ん? そうだな、自動車の部品だ」

「へ?」

「もう少し改造したいと思っていたところだ。丁度良い。王が好きなものを選べと言っていた。王なら国外の最新の物でも手に入ると思ってな」

 こいつは趣味に生きている……。

「ジルは?」

 いや、あまり期待してないけど聞いてみる。

「この任務が終われば、陛下に新しい武器と拘束具の開発に関わるように言われてるよ」

 ダメだ、生き生きしてる。

「よかったね……」

 もう嫌だ。このメンバー。

「ってかやっぱり女の子が欲しい……」

 右にセシリオ左にスペード、向かいにジルとアラストル。

 男ばかりだ。

「セシリオに女装でもさせますか?」

「あ、それ賛成。デイジーさんに癒されたい」

 セシリオを見ると呆れたような表情。

「……見た目が変わっても本質的な解決にはならないと思いますが?」

「見た目が重要。花が欲しいの。癒しが」

「オルテーンシアまで我慢なさい」

「嫌、オルテーンシアって一番最後でしょ?」

 あそこは女性の伯爵だって前に聞いたけど。しかもウラーノの天敵って。

「仕方ありません……。馬車を止めてください。着替えますから全員外に」

「おや? あの衣装を持ってきていたんですか?」

「まぁ、この子の言い出すことは大体予想できますからね」

「そういう割りに気合の入った量ですね。手伝いますか?」

「結構です。ほら、早く出てください。あまり作りかけを見せてあの子の夢を壊したくはありませんからね」

 セシリオは大きな旅行鞄から衣装やら装飾品を取り出しながらスペードに言う。

 スペードは溜息をついて馬車を降りた。


「あれの女装はただの趣味のようにも思えます」

「そうなの?」

 呆れたように言うスペードは馬車を見て溜息を吐く。

「はじめは悪戯として始めたのですがね……まさかあれほど似合うとは……」

「は?」

「師匠を騙そうとセシリオに協力してもらったんですよ。昔」

 本人もかなり乗り気でしたとスペードは言う。

「女装癖の変態は一人で十分だぁ……」

 アラストルは一人頭を抱えてる。

 きっと職場の同僚のことでも考えてるんだろう。


「お待たせしました」

 馬車の扉が開く。

 中には赤毛の美しい女性、いや、セシリオが居る。

 化粧や衣装で雰囲気まで変わるから驚く。

「ってか……化粧上手いよね。今度教えて?」

「おや? 貴女にはまだ必要ないと思いますよ? 若いんですから若さこそが美しいと思うのが一番です」

「でも、もう直ぐ十九だし」

「僕から見れば十分若いですよ」

 セシリオは笑う。

 そりゃあ四百超えてる人から見れば若いだろうけど……。

「お前は化粧したところで無駄ですよ」

「何それ」

「馬鹿は化粧では隠せません」

 そう言ってスペードは私の頭を小突く。

「……最低。死ねばいいのに。今すぐ馬車から降りて。轢かれて。中途半端に肉が裂けてもがき苦しんで」

「なっ……」

 流石に今のは頭にきた。

「ジル、席代わって? デイジーさんの花のかんばせを真正面から拝みたい」

「……君、それは僕への嫌がらせかい?」

「大丈夫、ジルとその変態は相性百パーセントだから。いっそ結婚すれば?」

「絶対嫌だ」

「激しく同感です」

 心底嫌そうなジルと同じ表情でスペードが言う。

「その辺が相性良いって。ねぇ? アラストル」

「ああ」

 アラストルは本当にどうでもよさそうに窓の外を眺めながら言った。


「ねぇ、後どれくらいで着くの?」

「もう少しですよ。ほら、空の色が違うでしょう?」

 セシリオが空を指して言う。

 確かに何か壁があるみたいに光と闇がくっきりとしている。

「あそこがローザです」

「真っ暗だね」

「年中闇ですからね」

 そして馬車は一本の道をまっすぐと進むことしか出来ない。

「あれ? 人が居る?」

「珍しくも無いでしょう? 何人もすれ違っています」

「そうじゃない。二人……って、あのコスチューム、まさか……」

 森の中への一本道、どこかで見たシルエットがある。

 いや、あれは間違いなく……。

「ドラキュラのコスプレ……」

「は?」

「何? それ」

 スペードとジルはやっぱり同じ顔で言う。

「えっと、吸血鬼?」

「まぁ、近いって言えば近いか?」

「吸血鬼なんて存在しませんよ。存在するのは血を好む伯爵、プルトーネ・ローザだけです」

 セシリオは楽しそうに言う。

 美しい女性の姿なだけに余計に妖しく見えるのが不思議だ。


「止まれ!」


 突然声が響いた。

「これ以上我輩の領土に余所者は入れん。これ以上ローザの地に足を踏み入れようとするならば串刺しにしてくれよう!」

 先程のコスプレ男がどこぞの役者のようによく通る声で言った。

「何? あれ?」

 思わずそう言ってしまった。

「お上手です。プルトーネ様。ですが、もう少し腕の角度はこう! こうしたほうが迫力があるように思います」

「なるほど。確かに今の角度では我輩ではあまり迫力が無かったようだ。よし、もう一度やってみるか」

「いや、何してるんだよ。お前ら」

 アラストルが呆れたように言う。激しく同感だ。

「ん? 本当に侵入者が来たぞ? カロンテ、こういうときはどうするんだ?」

「……今更遅いと思いますが、侵入者ならば迎撃をするほか無いかと。と、この方々は……宮廷からの使者のようです」

「なに? おおっ、待ちわびていたぞ。で? 誰が騎士団の者だ?」

「僕だよ」

 妙にテンションが高いこの中年がローザ伯……。

 先が思いやられる。

「おおっ、ユリウスではないか! まさかお前が直接出向いてくれるとは! これなら安心だ」

「誰がユリウスだって? 僕のことはジルと呼べと言ったはずだ?」

「そうだった。すまん、すまん。それで、ジル、陛下からのお答えは?」

「そのまま進めて構わないとのことだよ。それより、僕らの宿が無いんだけど、手配してくれる? とりあえず、僕とこの子の寝る場所だけ確保できれば他は野宿でも良いから」

 ジルは私の肩を掴んでそう言う。

「構わん。我輩の城に招待しよう。なぁに、どうせ部屋は余ってる。なぁ、カロンテ?」

「ええ。では、本日の昼食は張り切らなくてはいけませんね。お客様がこんなに。何百年ぶりでしょうか」

 カロンテと呼ばれた若い男は嬉しそうに笑う。

 っていうか……二人ともなんか二枚目?

 いや、ローザ伯はどっちかって言うと三枚目だけど。

「素敵……」

「は?」

「なんでもない。私、デイジーさんと同室が良いです」

「お前は! 何を言ってるんですか!」

 なぜかスペードが慌てだす。

「いい加減歳を考えろ。歳を」

「三十路に言われたくない」

「うっ、三十路って言うなぁ!」

 二人に小突かれ、セシリオに笑われた。

「ふふっ、賑やかですね」

「ええ、全員があの子の保護者のつもりでいますからこうなっています」

「それは」

 カロンテに微笑ましそうに見られた。

「やっぱり床で良いです」

 もう、この人の前でふざけるのは止めよう。

「それで? この小娘たちも宮廷の者なのか?」

「小娘って……私は違います。無所属で、陛下からの勅命を貰って来ました。で、こっちのがアラストル、ハデスから選ばれた者で、こっちはスペード、時の魔女の弟子です。で、こっちが」

 セシリオ・アゲロと紹介しようとした瞬間遮られた。

「セシリア・アリエッタと申します」

「え?」

 デイジーじゃないの? 

 そう訪ねようとした瞬間、殺気と無言の圧力が来た。

「私の部屋は彼女と同室にしていただけますか? ゆっくりお話をしたいので」

「かしこまりました。では、先にお部屋に案内させていただきます」

 カロンテは何も言わずに荷物を持って歩き始めた。

「すみませんが、ここでは名前を伏せてください」

 こっそりと囁くように言われる。

「え?」

「どこでも《デイジー》では不都合ですからね」

「ああ、正体は秘密って奴?」

「そんなものです」

 セシリオは笑う。


「はっはっは、我輩の城も賑やかになったものだ。ああ、カトラス、久しいな。四百年ぶりか?」

「その名で呼ばないでください。なんだかくすぐったい。今はスペードと名乗らせていただいています」

 スペードはなにやらローザ伯と親しげに話している。どうやら知り合いだったようだ。

「ロートとローザは近いですから交流があっても不思議ではありませんが……スペードが相手を敬っているようですね。こちらに驚きました」

「ははは……同感」

 セシリオは、もう一度スペードを見て、それからカロンテの後を追った。

 私もはぐれないように、必死について歩いたのは言うまでもないことだ。

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