エース殿
屋敷に戻るとスペードは酷く不機嫌になった。
「一体どんな男です? お前にそれを着けたのは」
どうやらこの手首の数珠が気に入らないらしい。
「どんなって……ぶっちゃけ化け物? どう見ても人間には見えない美人だったよ。あ、あと頭の螺子が結構吹っ飛んでるっぽい。なんか雰囲気的にメルクーリオに似てるかも? 日ノ本人らしいけど。あ、魔術師だって言ってたよ。確か名前は……十六夜?」
スペードの質問に答える。
「お前は……そいつに他に何かされませんでしたか?」
「セシリオの居場所を教えろって。知らないって言ったけど、嘘はダメだって。なんかあいつの目を見てるうちに言いたくないことまで勝手に言ってた。どうしよう! 愛しのデイジーを狙うライバルだったら!」
「それはありませんから安心なさい」
スペードは呆れた様子で言った。
「そう?」
「ええ。それよりもあのアホを何とかしなさい」
「え?」
「アホが二匹に増えました」
スペードは庭を指差して不機嫌そうに言う。
「……あ……」
確かにもう一人増えてた。
「あ、先輩、久しぶりっス」
「……なんで武が居るのかな?」
「ははっ、部長と一緒に来ちまって、今、アラストルって奴に世話になってるんスけどすげー良い奴でさ」
「はいはい。ってかホントあの人よく人間拾うんだね」
なんかアラストルは剣士辞めて孤児院でも開いたら良いと思います。
「先輩、直ぐにそいつから離れてください。馬鹿が移ります」
「いや、宙が出て行けば武も居なくなってくれるんだけどなぁ」
武、宙のストーカーだからね。
「スペード、夕飯の支度手伝うよ」
「そうですか? では芋の皮剥きを頼みます」
「うん。武、食器出すの手伝ってくれる? 宙、テーブルクロス敷いたり椅子並べ直したりしといて。あと、上座にクッションは忘れずに。魔女の席だから」
二人に適当に指示を出すと、スペードの不機嫌が少しばかり解消されたようだ。
「随分慣れてますね」
「まぁね。武と宙は別々に仕事与えとかなきゃ直ぐ喧嘩始めるからね。しかも武は宙が見えないところじゃ仕事しないから極力武の視界に宙が入って宙の視界に武が入らないように仕事を割り振らなきゃ」
「ほぅ」
「あと、武には体力を使う仕事を回しても大丈夫。あれでも野球部のエースだからね」
「ヤキュウ部? 武器開発ですか?」
「いや、違うよ。なんていうのかな? バッドでボールを打つスポーツ」
パントマイムで説明すると、スペードは納得したように頷く。
「ああ、昔セシリオがやっていた棍棒ダンスですね」
「いや、違うと思う」
一体どんなダンスなんだろう?
「彼はダンスをするのですか?」
「いや、だから野球っていう競技をするの」
もう、クレッシェンテ人に説明するのは嫌だ。
「お前の世界には理解しがたいものがたくさんありますね」
「そう? 私にはこっちの方が不思議だけど」
その分面白い。
スペードが日本に来たらどんな反応をするのか楽しみだ。
「まあ、即警察のお世話になりそうだけど」
「は?」
「なんでもない」
てきぱきと芋の皮を剥きながら言う。
「ところで何作るの?」
「ハデスの好物ですかね」
「は?」
「ようは芋や根野菜を肉と一緒に煮込んだものです。ハデスが好んだと言う神話からそうやって呼ぶんです」
スペードは丁寧に野菜を切っている。
意外と料理上手だったりして家庭的だ。
「スペードっていいお嫁さんになりそう」
「は? お、お前は何をっ!」
「は?」
いや、その慌て方おかしいだろ。
「ば、馬鹿なことを言っていないで皮剥きが終わったら竈の準備をしなさい」
「はいはい」
一体なんだ? 明らかに様子がおかしい。
「なんか変なこと言った?」
「いえ、もう、いいでしょう」
都合が悪くなるとすぐこうだ。
きっと何かを言ってしまったのだろう。
気にはなるが、言いつけられた仕事に熱中しているふりをして知らないふりをした。
「先輩」
「何?」
いきなり武が入ってきた。
「部長が花瓶は無いかって言い出して。ありませんか?」
「花瓶? ああ、私の部屋にあるよ。枯れ掛けた桃が入ってる奴。あの桃捨てていいからそれ使って」
何日か前にスペードが部屋に彩が足りないとか言って庭から折ってきた奴だけど。
「お馬鹿さん。応接間にあの花瓶は合わないでしょう。花瓶なら三番目の蔵にある右から十三番目の棚の上から五段目の左から三番目の物を持ってきなさい。師匠はそれに菖蒲を活けておけば文句は言いませんよ」
嫌だ。こいつ全部のものの配置を正確に記憶しすぎてる。
「アヤメって何だ?」
「……宙に訊いて。ってか花の用意は宙に任せて武は花瓶を探してきてくれるかな?」
「はい」
素直でいい子なんだけど頭悪いんだよね。武は。
「全く……。お前は……あれらといいお前といい……何故雅とか風流とかいう言葉と縁が無いのでしょうね」
芸術を理解しない。とスペードは溜息を吐く。
「あんたのこだわりが異常だと思うけど?」
「そうですか?」
「そうだよ。ほら、急がないと魔女来るよ」
「ええ」
スペードは酷く憂鬱そうだ。
一体魔女は何の用でここに来るのだろうか?
なんとなく、嫌な予感しかしなかった。