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紫の魔術師

 残念ながら、宙はあまり戦力にはならなかった。

 むしろスペードの不機嫌を増幅させることばかりをやらかしてくれるようで、正直、早く帰って欲しい。


「先輩、何か手伝いますか?」

「買出し行くけど、荷物持ち」

 してくれる? と疑問系ではない。既に決定事項だ。

 何せスペードと宙を同じ空間においておけば睨み合いの勃発だ。迷惑極まりない。

 これが一晩で学んだことだ。

「先輩、何を買うんですか?」

「夕飯の材料とか、あと、生地。なんかスペードが使うって言ってたリストがあるからそれ」

 一体何に使うのかは分からないけど、スペードは無茶な注文までした。

 この時期にスイカを食べたいとか止めて欲しい。

「ねぇ、スイカって秋にあったっけ?」

「さぁ? クレッシェンテなら何でもありじゃないですか?」

「……アラストル探しに行こうかな。なんでも知ってそうだし」

「大丈夫ですよ先輩! 僕がついてます」

「いや、期待はしない」

 むしろ厄介ごとを増やしてくれそうだ。

「お馬鹿さん」

「なにさ」

 いきなりスペードに呼ばれて思わず強く言ってしまう。

「何か茶菓子も買って来てください」

「茶菓子?」

 客でも来るんだろうか?

「忌々しい師匠がいきなり来るなどと言ってきました。連絡をよこすと言うことは茶菓子の催促に決まっています」

 心底忌々しそうにスペードは言う。

 そして宙を見た。

「ああ、お前は庭の掃除でもしていなさい」

「え? これから先輩と買い物に……」

「買出しくらい一人で行けるでしょう。お前は庭掃除です。ついでにセシリオが壊して行った窓の修理です。全く……漆の格子を壊すとは……これだから芸術を理解できない男は嫌いです」

 スペードは溜息をついた。

「いや、セシリオの感覚だと直ぐ直るから良いじゃんって感じだと思う」

「……やっぱり……とにかく、格子は填め直すだけに準備はしてありますから直しておいてください。僕は食事の支度がありますから、くれぐれもサボらないように」

 スペードは宙に釘を刺し、私に早く行けと促した。

 



 いつもの如く、私の移動手段は徒歩しかないが、市場に街にとかなり歩かされるコースで買い物をする羽目になった。

「えっと、あとは茶菓子だっけ?」

 魔女の食の好みなんて知らない。だけど口に合わなかったら何をされるか分からない。

「とりあえずミカエラオススメのベーグルサンドって、茶菓子じゃない」

 そういえばあの人甘いもの嫌いだった。

「甘いもの? でも、魔女って若く見えるけど実は結構な歳だからほろ苦いものとかのほうがよかったりするんだろうか?」

 玻璃のオススメは朔夜の手作りケーキだって聞いたけど、それは用意できないから、アラストル行きつけの喫茶店の本日のケーキをホールで買おうと進行方向を変えた。


「やぁ、探したよ子猫ちゃん」


 いきなり肩を捕まれた。


「人違いです」

「いや、君だよ。俺の子猫ちゃん」

 振り向くと、其処には陰陽師が居た。

「……日ノ本人?」

「分かるかい?」

「まぁ……」

 オッドアイに、メッシュの髪。人間に見えない美貌。狩衣姿はコスプレにしか見えない。

 前髪が朔夜と同じ跳ね方をしている以外はウラーノと同類ナルチーゾな気配がする。

「さぁ、折角巡り合えたんだ。お茶でもどうかな? 勿論俺の奢りだよ」

「いや、お遣いの途中だから」

「ふぅん。じゃあ手伝うよ」

「結構です」

 出来れば関わりたくない。

「つれないなぁ」

「いや、急いでるので」

 そう言ってさっさと買い物を済ませようと店に入ると変人が着いてきた。

「荷物くらい持ってあげるよ」

「そう言って全て持っていくんですね。分かります」

「酷い言い様だね」

「そう?」

 こんな変人相手にしたくないんだけど。

 心の声は彼には届かないようだ。

「……名前くらい訊いてあげる」

「へぇ、俺に興味ある? いいよ。俺は十六夜イザヤ。東から来た魔術師だよ。そうだ、ひとつ聞きたい」

「何?」

 この十六夜という男が魔術師と名乗ったことに少しばかり驚いた。

 けれどそれ以上に……。


「セシリオ・アゲロって男を知ってる?」


 そう訪ねる声はとても真剣だった。

「知ってる。有名だもん。恐怖の代名詞でしょ?」

「そうじゃない。居場所だよ」

「知らない」

 言ってはいけない。

 本能が告げている。

 いや、こいつとこれ以上関わってはいけない。

「ダメ、嘘ついちゃ」

「え?」

「嘘だろう? 君は知ってる。彼の居場所を」

 男は笑った。

 少し恐怖を感じる笑みだった。

「知らない。セシリオはディアーナのアジトを出て国外に居るって。それ以外は知らない」

「ふぅん。じゃあそのアジト、教えてくれない?」

「知らない。まだ行ったこと無いから」

 これは本当。

 彼もそれがわかっているようでなにやら考え込んでいる。

「そう、じゃあ、子猫ちゃんに俺から贈り物」

 そう言って十六夜は私の腕を掴んだ。

「何?」

「別に傷つけたりしないさ」

 手首に填められたのは数珠のように珠を繋いだ腕輪。

「御守り。また会えるように」

「ちょっと! 勝手に変なの着けないでよ」

「ダメ、俺以外外せないから」

 十六夜は悪戯っぽく笑った。

「アンタ、すっごい性格悪い」

「よく言われる。けど、その分才能と容姿に恵まれてるから問題ないさ」

 そう言って、彼は私の手の甲にキスをした。

「なっ……」

「それじゃ、また会おうよ。子猫ちゃん」

 そう言って十六夜が手を離した瞬間彼は消えた。

「……な、なんだったの……」

 驚いて店員から受け取るケーキを落としそうになった。

 手首に填められた珠は黒と紫。おそらくはオニキスとアメジストか何かだろう。

 手首が熱い。

「なんなんだよ……」

 気に入らない。

 思考を操られるみたいだ。


 そんな考えを吹き飛ばしたいとでも言うように、私は慌ててスペードの屋敷へ向かった。

 

 


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