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後輩


 会いたいと願えば、こちらから出向かなくても会えることがあるらしい。




 朝からスペードは不機嫌だった。

「どうしたの?」

「なんでもありませんよ、お馬鹿さん」

 そう言いつつ私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 セットしたのに台無しだ。

「スペード……ぐしゃぐしゃになったんだけど?」

「それでも可愛いですよ?」

 口では言うものの、どちらかと言うと悪戯したくてうずうずしている子供にしか見えない。

「何かあった?」

「セシリオが来るそうですよ。先程電話がありました」

 セシリオが来るのとスペードが不機嫌なことがうまくつながらない。

「セシリオが来ると問題でも?」

「いえ……ただ……」

「なに?」

「なんでもありませんよ」

 スペードは何故か顔をそむけて言う。

「あんた、子供みたいなこと言うね」

「黙りなさい」

「ハッキリ言ってよ。解からないじゃん」

「お前は知らなくていいことです」

 そういったかと思うとスペードは私の腕を引いた。

 バランスを崩して重力に逆らえなくなった私はスペードの腕の中に閉じ込められた。

「ど、どうしたのさ……」

「黙りなさい」

 何をしたいのかさっぱり理解できない。

 とりあえず今のこいつに必要なのは慈愛という処方箋らしい。

「ラウレル行く? メディシナのアガペーに包まれてくる?」

「あれにそんなものはありませんよ。僕はお前が居れば十分です」

 メルクーリオを呼んだ方がいいのだろうか?

「どっちが年上かわからないなぁ」

 スペードは甘えっ子の大きな子供だ。

「黙りなさい」

「都合が悪くなるとすぐそれだ」

「お前は……僕をからかっているのですか?」

「まさか。困ったお子ちゃまだなぁ程度にしか思ってないからからかう需要も感じないよ」

 そう言えば、スペードは不機嫌そうな表情になる。

「僕が来ると解かっていて随分見せつけてくれますね、スペード」

「……セシリオ、不法侵入ですよ」

 セシリオの声がしたと思うと、スペードはまるで私を隠すように腕の中に閉じ込め、着物の袖で包む。

「この国では当たり前でしょう? それに僕は暗殺者ですからね。侵入は得意ですよ」

「魔術師の家に上がり込むあなたの図太さには呆れますよ」

「お褒め頂き光栄です。ところで、その腕の中の子にも用があるのですが、そろそろ出してもらえませんか? 窒息死されては話も出来ない」

「勝手に殺さないでよ」

 危うくジョークが事実になるところだったけどさ。

「この子に用? まさか養女に欲しいなど言いませんよね?」

「残念ですが、今回は違います。まぁ、この子ならいつでも歓迎なんですがね」

 セシリオは笑う。この男はどこまでが冗談か解からない。

「で? 用件は?」

 スペードは少しばかり苛立ったようで、私の腰にまわしている腕に少し力が入ってきた。

「スペード、痛い」

「黙りなさい」

「いや、黙りなさいじゃなくて痛いから離してよ」

 そういえば、今度はスペードの方を向かされて抱きしめられる。

「……何がしたいわけ?」

「セシリオなんて見る必要は無いでしょう?」

「いや、意味解かんないから」

 メルクーリオが来てからだろうか。スペードはどこかおかしい。

 きっと兄に素直に甘えられないから誰かに甘えたいのだろうけど……。

「私はアンタのママじゃないの。どうせ甘えるなら朔夜にしたら? 有り余る愛で全世界を包み込んでくれそうだけど」

「僕の奥さんを巻き込まないでください」

「あ、そうだった」

 冗談を言いつつスペードの腕から脱出を試みる。が、どうもうまくいかない。

「これ、なんとかしてよ」

「そうですね。スペード、話し合いになりません。とりあえずその子を放してどこかに座りましょう」

「ここは僕の家ですからどう過ごそうと僕の勝手です」

「そういうわけにもいきません。話が進みませんから。玄関に一人待たせています」

「それ、先に言ってよ!」

 慌ててスペードを蹴り飛ばした。

「お客さん来るのに何やってるのさ。って、誰? まさかメルクーリオ?」

「いえ、ロート伯ではありませんよ」

 セシリオは悪戯っぽく笑う。妙に美人な辺りがなんとも憎たらしい。

「じゃあ誰?」

「入りなさい。窓ががら空きですよ」

「いや、あんたが壊して進入したんでしょうが」

 呆れたような声は聞き覚えがあった。

「宙?」

「先輩っ!」

 現れた黒い影にいきなり抱きつかれた。

「いっ……宙……いきなり苦しい」

「すみません、つい嬉しくて……まさか先輩に会えるなんて!」

 きらきらと輝く瞳で見つめられ戸惑う。

「何ですか? このアホ面は」

「スペード、その言い方止めてよ。私の後輩、森嶋宙だよ」

「後輩?」

「オカルト部の後輩」

「……お前は……」

「意外ですね」

 スペードは呆れ、セシリオは驚いたように私たちを見る。

「え? 何が?」

「お前がそんなに爆発物に興味があるとは思いませんでしたよ。将来はテロリスト志望ですか?」

「は?」

 何故そうなるんだ?

「オカルト部といえば、爆薬の研究をする機関ですよね? なにか新しいものでもありますか?」

「いや、違うから! どっちかっていうと私は吸血鬼の研究とアンデットの研究がメインだから!」

 あと人造人間とか大好物だけど。

「は?」

「ああ、先輩、ここの人たちって何か変なんですよ」

「いや、宙には言われたくないと思うよ。まぁ、全員変だけどさ」

 会話が噛み合ってないもん。

「では? オカルト部というものは吸血鬼の研究なんかをする部門なんですか?」

「あ、まぁそんな感じ。ってかもうそれ以上突っ込まないで」

 対応したくない上に私にとっては軽く黒歴史だったりもする。

「私だって佐藤先輩にこっくりさんを一度手伝うだけで良いとか言われて半強制的に入部させられたんだから」

「こっくりさん?」

「十円玉と紙で予言をするの」

「ジュウエンダマ? それはどんな呪具です?」

 スペードは興味深そうな表情で訊ねる。

「宙、持ってない?」

「あー、すいません。僕、カードしか持ち歩かないんで」

「ぼんぼんめ」

 仕方ない、荷物を漁ろう。

「ちょっと待ってて、探してくる」

 持ってなかったら残念だと思いつつ、部屋に戻り鞄の中を漁ると直ぐに財布が見つかった。


「ほら、これ」

「硬貨?」

「そう、それで占うの」

「ほぅ……的中率は?」

 これ以上はヤバい。

 確実に宙に火がついてしまう。

「当たらないよ。当たったとしても21%前後」

 そう言いながらスペードの服の袖を引っ張る。

「何ですか?」

「ちょっと、しゃがんで」

 無駄に背が高いスペードに小声で言う。

「どうしました?」

「お願い。宙の前で魔術とか魔法とか言う言葉は使わないで」

「何故?」

「帰らなくなる」

「それは問題ですね。可愛いお前の頼みです。高くつきますよ」

「いや、それってどうなの?」

 一体何を要求されるか分からない。だが背に腹は変えられない。

「それで? そのガキは何をしに来たのですか?」

「ああ、忘れるところでした。スペード、しばらく宙を預かってください」

「は?」

 セシリオの突然の言葉にスペードはアホ面をしている。

「僕はしばらくデルタでの仕事がありますし、朔夜はシエスタでの公演がありますし、瑠璃も玻璃も日ノ本に行っていて留守になるんです。一人世話するのも二人世話するのも変わらないでしょう? お願いします」

「ウラーノに頼みなさい」

「ウラーノはしばらくオルテーンシアに招かれていて大変のようですよ? ヴェーヌスとの相性は最悪ですからね。彼は」

 初めて聞く名に首を傾げるとセシリオは笑う。

「オルテーンシア伯爵ですよ。珍しく女性で爵位を持っているのですが、大変気の強い女性でして。初対面で思いっきりぶん殴られてからウラーノは彼女が大の苦手なんですよ」

 ウラーノが女性を苦手だということはとても珍しいことだと思うほどに、彼はとりあえず女性を見れば口説く。

 そのウラーノを其処まで追い詰めた女性にあってみたいような気がした。

「お馬鹿さん、余計なことを考えずにこのガキをなんとかしなさい」

「スペード、宙も一緒にお世話になれない? 家事くらいなら出来るから」

 他に行くあてといったらアラストルの場所くらいしかない。二人そろって追い出されたら最悪カルメンの世話になりそうだ。それだけは避けたい。

「……高くつきますよ」

「ありがと」

 なんだかんだ言ったってスペードは優しい。

 単純なのかもしれないけど。

「宙。ここでお世話になるんだからくれぐれも、くれぐれも大人しくね?」

「はいっ、先輩と一緒ならどこまででもお供します!」

 いや、そうじゃないって。

 本当に宙の相手は疲れる。

「スペードごめん。世話になるね」

「いまさらでしょうが」

 思惑通りにことが運んだと嬉しそうなセシリオと対照的に、苦虫を噛み潰したような表情のスペードを見て、心から申し訳なく思ってしまった。

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