8話:最初の魔獣(弱)
村を出て、半日。
道は、思ったよりも静かだった。
舗装されていない土の道。
左右には森が続き、風に揺れる葉の音だけが聞こえる。
「……王都、遠いな」
(とおい)
モフの声が、すぐに返ってくる。
「真似するな」
(まねじゃない。ほんとうにとおい)
「そっちの意味か……」
俺の肩に乗っているモフは、相変わらずふわふわだ。
横を歩くポチは、尻尾を振りながら楽しそうにしている。
頭に乗っている猫は、完全に寝ている。
後ろをついてくる山羊は、マイペースに草を食べながら歩いている。
「お前ら……もうちょっと緊張感持てよ」
(たのしい!)
(おさんぽ!)
(zzz...)
(めぇ)
「全然危機感ないな……」
俺は、少し歩くペースを落とした。
体力には、正直、自信がない。
元の世界でも、運動は苦手だった。
若返った体でも、やっぱり運動は苦手だった。
「はぁ……はぁ……まだ半日なのに、もう疲れた……」
(まこと、よわい)
「うるさい」
その時。
前方の草むらが、不自然に揺れた。
「……っ」
思わず立ち止まる。
心臓が、嫌な音を立てた。
「な、なんだ……?」
ポチが警戒するように唸る。
モフは俺の肩でぶるぶる震えている。
猫は起きない。
山羊は草を食べている。
「お前ら、温度差激しいな!?」
次の瞬間、飛び出してきたのは――
小さかった。
茶色くて、耳の大きい、イタチみたいな魔獣。
牙はあるが、体長はせいぜい五十センチほど。
「……魔獣、だよな?」
【微心読】が発動する。
(……おなか、すいた)
「え?」
心の声が聞こえた。
魔獣は、俺を睨んでいる……ようで、どこか迷っている。
威嚇しているわりに、足が震えていた。
「……弱そう」
(こわい!)
「俺が!?」
(……ひと、きらい。でも……このひと、ちがう)
「違うって、何が?」
(やさしいにおい。でも……おなかすいた。どうしよう)
魔獣は完全に迷っていた。
襲うべきか、逃げるべきか。
その時、ポチが一歩前に出た。
「ワン!」
(まこと、まもる!)
「お、おお……頼もしいな」
猫も目を覚ました。
「ニャー」
(めんどくさい)
「お前は戦う気ないだろ!?」
山羊は相変わらず草を食べている。
(めぇ)
「お前は完全に空気読んでないな!?」
その時、魔獣が意を決したように跳びかかってきた。
「うわっ!?」
反射的に後ずさりし、足がもつれる。
――転んだ。
「いてっ!」
情けない音を立てて、地面に仰向けになる。
魔獣は、俺の腹の上に着地した。
「やばっ――」
噛まれる、と思った。
だが。
(……あれ?)
魔獣は、動かない。
俺の顔を、じっと見ている。
そして。
(……かなしい。つかれてる。さみしい)
心を、読まれている。
「……それ、言うな」
俺は、情けない声で答えた。
「今、戦闘中だぞ」
(……やめる)
魔獣は、ぴょんと飛び降りた。
「え?」
俺は混乱した。
「待って。今の、戦闘だったの?」
(……たぶん)
「たぶんって!?」
ポチが首を傾げている。
(かった?)
「わかんない!?」
俺は、ゆっくりと起き上がる。
魔獣は逃げなかった。
距離を取りつつ、俺を見ている。
(……このひと、へん)
「変って!?」
(ふつうのひとは、もっとこわい。でも、このひとは……やさしい)
「……なあ」
俺は、手を下ろしたまま話しかけた。
「腹、減ってるんだろ」
荷物を漁り、村で持たされた乾パンを一つ取り出す。
魔獣は、目を見開いた。
(……くれる?)
「噛むなよ」
そっと、地面に置く。
魔獣は慎重に近づき、匂いを嗅いでから、がりっとかじった。
(……おいしい!)
がつがつと食べる魔獣。
その様子を見て、俺は肩の力が抜けた。
「……勝った、のか?」
(……まけた)
魔獣が、心の声で答えた。
「いや、これ戦闘だったの!?」
ポチが尻尾を振っている。
(まこと、つよい!)
「全然強くないから!?」
猫があくびをした。
(ねむい)
「お前、起きたばっかりだろ!?」
山羊は草を食べている。
(めぇ)
「お前は最後まで何もしてないな!?」
魔獣が乾パンを食べ終わった。
(……もっと、ほしい)
「え?」
(おなか、まだすいた)
「お前……」
俺は、もう一つ乾パンを取り出した。
「これで最後だからな」
(ありがとう)
魔獣は、嬉しそうに食べ始めた。
そして、食べ終わると――
(……いく)
「え?」
魔獣は、俺の横に並んだ。
「待って。ついてくるなよ?」
(きまぐれ)
「気まぐれって!?」
モフが、俺の肩で小さく鳴いた。
(なかま、ふえた)
「仲間って……勝手に決めるな」
でも、魔獣は去らなかった。
少し距離を保ったまま、俺と並んで歩き始めた。
「……名前は?」
(ない)
「じゃあ……チビで」
(ちび?)
「見た目、小さいし」
(……すき)
「え、気に入ったの!?」
こうして、俺の仲間はさらに増えた。
モフ、ポチ、猫、山羊、そして――チビ。
「……完全に、動物園だな」
(どうぶつえん?)
(なに?)
(zzz...)
(めぇ)
(わからない)
全員、動物園の意味がわからないらしい。
「いや、こっちの世界にはないか……」
俺は、前を向いて歩き出した。
王都へ続く道。
まだ何も始まっていない。
でも。
最初の一歩と、
最初の魔獣と、
最初の、よく分からない勝利。
そして――
増え続ける仲間たち。
「……賑やかになってきたな」
(たのしい!)
(わんわん!)
(zzz...)
(めぇ)
(おなか、いっぱい)
それだけで、少しだけ。
悪くない旅の始まりだと思えた。
遠くで、鳥が鳴いた。
青い空。白い雲。
そして、続く道。
俺の異世界冒険は――
情けない勝利と共に、少しずつ進んでいく。




