エルナ編:「触れない優しさ」
エルナは、まだ距離を保っていた。
それでも、以前ほど冷たくはない。
夜、回復院の裏庭。
マコトが一人で魔力制御の訓練をしていると、背後から声がした。
「……無理、してない?」
マコトは、振り返る。
そこには、エルナがいた。
月明かりに照らされた彼女は、とても綺麗だった。
「見てたんですか」
「……癖で」
エルナは少し俯く。
その仕草が、とても可愛らしい。
「昔、強い人が大丈夫って言った次の日、全部壊れた」
彼女の声は、震えていた。
「だから……心配なんです」
「マコトさんも、壊れるんじゃないかって」
エルナの目が、潤んでいる。
マコトは、黙って隣に座った。
「俺は、壊れないって言わない」
「……え?」
「壊れそうになったら、止めてもらう」
エルナは、目を見開く。
「……そんなの」
「ずるい?」
「……ううん」
彼女は、そっと手を伸ばす。
触れない。けれど、近い。
「……じゃあ、私が止める」
「マコトさんが壊れそうになったら、私が止める」
「だから――」
エルナの目が、さらに潤む。
涙が、今にもこぼれそうだ。
「だから……無理しないでください」
マコトは、エルナの手を見た。
震えている。
怖いのだろう。
また、裏切られるのが。
「……ありがとう、エルナ」
マコトは、エルナの手に触れなかった。
代わりに、優しく微笑んだ。
「俺、エルナがいるから大丈夫」
「……本当ですか?」
「本当」
エルナは、涙を拭う。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「……ありがとうございます」
彼女の手が、ゆっくりと下りる。
触れなかった。
けれど心は、確かに触れ合った。
「マコトさん」
「うん?」
「……私、やっと分かりました」
「何を?」
「優しさは、触れなくても、伝わるんですね」
マコトは、頷いた。
「そうだよ」
エルナは、微笑んだ。
本当の、笑顔だった。
その笑顔が、とても可愛らしい。
「あの……マコトさん」
「うん?」
「もし、いつか――」
エルナは、顔を真っ赤にする。
「もし、いつか……私が、触れてもいいって思えたら――」
「その時は――」
彼女は、恥ずかしそうに俯く。
「その時は……手、繋いでもらえますか?」
マコトは、目を見開く。
そして、優しく微笑んだ。
「もちろん」
「……約束ですよ」
「約束」
エルナは、嬉しそうに笑う。
その笑顔が、月明かりに照らされて、とても美しい。
「じゃあ……頑張ります」
「何を?」
「触れても、大丈夫になる練習」
エルナは、小さく拳を握る。
その仕草が、とても可愛らしい。
「マコトさんは、私の、目標です」
「目標?」
「はい」
エルナは、真剣な顔で言う。
「マコトさんみたいに、誰も傷つけない人になりたい」
「マコトさんみたいに、優しい人になりたい」
「だから――」
彼女は、マコトをまっすぐ見つめる。
「だから……見ていてください」
「私が、変わる姿を」
マコトは、頷いた。
「うん、見てる」
エルナは、嬉しそうに笑う。
その笑顔が、マコトの心を、温かくした。
触れなくても、支え合える距離。
それが二人の、距離だった。
そして、いつか、触れ合える日が来る。
マコトは、そう信じていた。




