26話:街の心臓部、突破
一人では、もうマコトに声が届かない
空が、裂けた。
「……は?」
誰かの、間の抜けた声。
夜空の中央。街の真上に、黒い裂け目が走った。
まるで、世界の天井に亀裂が入ったように。
「……嘘でしょ」
リーネが、息を呑む。
裂け目の奥は、闇ですらなかった。
"何かがある"
ただそれだけが、分かる。
そして、視線。
無数の、感情を持たない視線が、街を覗き込んでいた。
「……見られてるにゃ」
ミルファが、耳を伏せる。
「やだにゃ……あれ、ぜったい良くないやつにゃ……」
モフが、マコトの肩で震えている。
(もふぅ……こわい……)
「来たわね」
セレナが、歯を噛みしめる。
「異界との観測孔……いいえ、接続準備段階」
「レグスの狙いは、これ……!」
アイシアが、裂け目を睨む。
「異界と現世界を重ねる気……」
「そんなことをすれば、均衡が完全に崩壊する……!」
だが、もう遅い。
裂け目は、ゆっくりと広がり始めている。
マコトは、その裂け目を見上げ――
「……っ!」
膝をついた。
「マコト!?」
エルナが、駆け寄る。
だが、回復が、通らない。
「……!? 魔力が、弾かれる……!」
マコトの視界が、歪む。
耳鳴り。頭痛。
心読が、沈黙した。
「……何だ、これ……」
自分の力が、使えない。
魔力が、体の中で渦巻いているのに、外に出せない。
アイシアが、顔色を変える。
「……均衡遮断」
「マコト、あなた世界に触れられなくなってる」
「……え?」
リーネが、マコトを見る。
「それって……」
「マコトの無双は、"均衡の外に出て戻る"ことで成立してた」
アイシアの声が、重い。
「でも今、外にも内にも、行けない」
「裂け目が、均衡そのものを歪めている」
「つまり……」
ミルファが、恐る恐る言う。
「マコト、ただの人にゃ?」
マコトは、苦く笑った。
「……たぶん、それ以下」
手が、震える。
力が、使えない。
自分が、役に立たない……。
次の瞬間。
裂け目から、影が落ちた。
形は、定まらない。
触手のようでもあり、獣のようでもある。
異界存在。
それは、マコトを見た。
《……魔獣の王……》
低く、歪んだ声。
《……均衡の外側……》
《……観測対象……》
「来る!」
リーネが、前に出る。
「マコトは下がって!」
「……っ、ごめん……!」
マコトは、後退した。
初めて、守られる側に回る。
戦闘が、一変した。
マコトが前に出ない。
出られない。
その穴を、仲間たちが埋める。
「ミルファ!」
「任せるにゃ!」
猫獣人が、影の脚部へ飛び込む。
「動き、止めるにゃ!」
関節。重心。
影が、一瞬、揺らぐ。
「今!」
リーネの魔法が、炸裂する。
氷が、影の動きを封じる。
「セレナ!」
「視界撹乱、入れるわ!」
幻影。情報錯乱。
影が、誤った方向へ攻撃を放つ。
「エルナ!」
「回復、前線優先!」
エルナの声に、迷いはなかった。
彼女はもう、逃げない。
光が、前線の冒険者たちを包む。
負傷が、次々と癒えていく。
ベルゼビュートが、一歩前へ。
「……マコト」
振り返らず、言う。
「今回は、守られる側でいろ」
魔王竜の魔力が、解き放たれる。
だが、裂け目には、届かない。
「……くっ」
「ベルゼビュート!」
「分かっている……これは、壊す戦いじゃない」
彼女の目が、鋭くなる。
「相手は異界存在……物理攻撃は効かない」
「なら――」
プーコが、前に出る。
「ぶもー!」
巨大な猪型魔獣が、影に突進する。
だが影は、プーコをすり抜けた。
「ぶも!?」
プーコが、驚愕する。
「くそ……実体がない……!」
冒険者たちが、絶望の声を上げる。
マコトは、拳を握った。
自分が、何もできない。
その現実が、胸を刺す。
(……俺がいない方が、うまく回ってる……?)
だが、
「マコト!」
リーネが、叫ぶ。
「指示を!」
「……え?」
「あなたの目で見て! 考えて!」
マコトは、はっとした。
戦うのは、力だけじゃない。
自分には、まだできることがある。
「……ミルファ、影の動き、三拍子で変わってる!」
「了解にゃ!」
ミルファが、影の動きを読む。
次の攻撃を、完璧に回避する。
「リーネ、冷気じゃなく地面を固めて!」
「分かった!」
リーネの氷魔法が、地面を凍らせる。
影の足場が、固定される。
「ベルゼビュート、威圧、一定周期で!」
「……ふん」
魔王竜の威圧が、リズムを刻む。
影の動きが、乱れる。
連携が、噛み合う。
影が、後退した。
裂け目が、わずかに――縮む。
「……効いてる!」
セレナが、声を上げる。
「この戦い、マコトが"核"じゃない!」
「私たちが、主役よ!」
冒険者たちが、次々と立ち上がる。
マコトの指示に従い、連携していく。
「右側、魔法で牽制!」
「前衛、左から回り込め!」
「回復役、後衛に集中!」
マコトの声が、戦場を整理する。
力は使えない。
だが、頭は、働く。
影が、さらに後退した。
裂け目が、明らかに縮み始める。
「やれる……!」
冒険者たちが、歓声を上げる。
だが、
その瞬間。
裂け目の奥で、何かが笑った。
《――観測完了》
低く、不快な声。
《……魔獣の王……確認》
《……次は、直接接触》
裂け目が、ゆっくり閉じていく。
「……撤退?」
「いいえ……」
アイシアが、呟く。
「準備が、終わっただけ」
空気が、冷たくなる。
夜空は、元に戻った。
だが、街の空気は、変わってしまった。
マコトは、深く息を吐く。
「……俺」
「役立たずじゃないわ」
リーネが、即座に言う。
「今日は、一人で戦わないって選択をした」
「それが、正しかった」
ベルゼビュートが、小さく鼻を鳴らす。
「……ようやく、理解したか」
「お前は、一人で戦う必要はない」
エルナが、微笑んだ。
「マコトさんがいなくても、私たちは戦える」
「でも、マコトさんがいるから、勝てる」
ミルファが、マコトに抱きつく。
「にゃー! マコト、かっこよかったにゃ!」
「え……でも、俺、何もできなかったよ……」
「違うにゃ!」
ミルファが、真剣な顔で言う。
「マコトの指示、すごかったにゃ!」
「みんなが、バラバラだったのに、一つになったにゃ!」
マコトは、仲間たちを見た。
みんなが、笑っている。
自分が、必要とされている。
「……ありがとう」
小さく、呟く。
◇
遠く。
瓦礫の影。
「次は、均衡ごと、叩き潰す」
レグスの声が、静かに響いた。
彼の目には、狂気が宿っている。
「マコト……お前は、仲間を信じた」
「だが、それが、お前の弱点だ」
彼は、新たな術式を展開する。
黒い魔力が、街全体を包む。
「次は、仲間を、奪う」
◇
マコトは、初めて理解する。
無双できない戦場でこそ、仲間が力になるのだと。
だが、
レグスは、それを知っている。
だから、
次の一手は、もっと残酷になる。
◇
翌朝。
街は、静かだった。
戦闘は、一時的に終わった。
だが、誰もが知っている。
これは、嵐の前の静けさだと。
「……レグス、次は何をするつもりなのか」
セレナが、呟く。
アイシアが、頷いた。
「分からない……でも、間違いなく――」
「最悪の一手を、仕掛けてくる」
マコトは、空を見上げた。
裂け目は、消えている。
だが、また、開くだろう。
次は、もっと大きく。
「……みんな、準備しておいて」
マコトの声は、静かだった。
「次が、本当の決戦になる」
仲間たちが、頷いた。
戦争は、まだ、終わらない。
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