25話:均衡の外側で戦うということ
強すぎる者は、世界にとって"異物"だ
戦場は、もう「街」ではなかった。
炎。風圧。凍りついた瓦礫。
魔獣と人と魔力が、入り乱れている。
そこは――地獄だった。
◇
「来る!」
リーネの声と同時に、地面が隆起した。
巨大な爪。
狂化した岩竜型魔獣が、防衛線を突き破ってくる。
「くっ……!」
前衛が吹き飛ばされた。
鎧が砕け、血が飛ぶ。
その瞬間。
「下がって!」
マコトが、一歩前に出る。
彼の目は、もう普通ではなかった。
光が、薄く宿っている。
◇
無音。
風が、止まった。
「……え?」
誰かが、呟いた。
次の瞬間、風と土が同時に反転した。
地面が盾になり、風が刃になる。
岩竜の動きが、完全に停止する。
いや、停止ではない。
"存在が固定された"。
「……っ、何だ、今の……」
冒険者が、震えながら言う。
マコトは、詠唱していない。
魔法陣もない。
ただ、そうなるように世界を扱った。
「……理解したわ」
セレナが、低く言った。
彼女の目には、恐怖が宿っている。
「マコトは、均衡の内側で戦ってない」
アイシアが、静かに頷く。
「ええ。彼は」
「世界の制約を一度外してから、最小限で戻している」
リーネが、息を呑む。
「そんなこと……普通の魔法じゃ……」
「できない」
アイシアは、はっきり言った。
「古代竜でも、無理よ」
「魔法じゃない。彼がやってるのは、世界の書き換え」
空気が、凍りつく。
マコトは、膝をついた。
「……っ、はぁ……」
血が、喉に上がる。
吐き気。視界の歪み。
手が、震える。
(……また、やりすぎた)
心読が、止まらない。
《こわい》
《すごい》
《なんだあれ》
《人じゃない》
――刺さる。
他人の感情が、濁流のように流れ込んでくる。
拒絶。恐怖。称賛。畏怖。
すべてが、マコトの精神を削る。
「マコト!」
エルナが、駆け寄る。
「回復……!」
「……だめだ」
セレナが、止めた。
「体じゃない。削れてるのは、精神と存在の輪郭」
空気が、さらに凍る。
「マコト」
ベルゼビュートが、低く呼んだ。
魔王竜の瞳が、揺れている。
「……お前、戻ってきてるか?」
マコトは、答えられなかった。
一瞬、自分がどこにいるのか、分からなくなっていた。
視界が、二重に見える。
音が、遅れて聞こえる。
足元が、揺れている。
「……っ」
マコトは、自分の手を見た。
震えている。
血が、滲んでいる。
「……俺、まだ……ここに……」
「いるわよ!」
リーネが、マコトの手を握った。
「あなたは、ここにいる!」
「私たちの、目の前に!」
彼女の手は、温かかった。
マコトは、少しだけ――現実に戻れた。
その時。
戦場の奥で、異変が起きた。
狂化魔獣たちが、一斉に動きを止める。
「……止まった?」
「いや……違う……!」
次の瞬間、同時に反転。
冒険者たちを避け、街の中心へ向かって走り出す。
「誘導されてる!?」
セレナが、歯を噛みしめる。
「……来たわね」
彼女の目が、鋭くなる。
「レグスの本命――これだわ」
◇
別視点。
瓦礫の影。
「やはり、彼が"外側"か」
レグスは、静かに笑った。
「均衡の修正力が、彼一点に集中している」
「なら、壊すべきは街ではない」
彼は、魔具を起動する。
黒い光が、街全体を包む。
「彼が守ろうとするものを、同時に削る」
「そして、彼自身が、壊れる様を見せてやる」
レグスの目には、狂気が宿っていた。
「均衡の外側で戦う者は、世界に拒絶される」
「それを、証明してやる」
◇
戦場に戻る。
「……マコト!」
リーネが、マコトの肩を掴む。
「無双できる理由、分かったわ」
「でもそれ、あなたが壊れるやり方よ!」
マコトは、震える手を見つめた。
「……それでも」
声が、かすれる。
「止めないと……誰かが……」
ベルゼビュートが、前に出た。
「……違う」
低く、しかしはっきり。
「お前が壊れれば、世界はもっと壊れる」
彼女の目は、真剣だった。
「お前は、均衡の外側で戦っている」
「だが、それは、世界にとって"異物"だ」
「世界は、お前を排除しようとする」
マコトは、息を呑んだ。
「……俺が、異物……?」
「そうだ」
アイシアが、頷いた。
「あなたの力は、強すぎる」
「世界の均衡を、一人で歪めている」
「だから、世界が、あなたを拒絶し始めている」
リーネが、涙を浮かべた。
「そんな……」
「でも、マコトは、街を守ろうとしただけなのに……」
「世界は、そんなこと関係ない」
セレナが、冷たく言った。
「強すぎる者は、排除される」
「それが、均衡というものよ」
遠くで、鐘が鳴る。
街の中心区画。
「……レグスの本命は、あそこだ」
セレナが、唇を噛む。
マコトは、ゆっくり立ち上がった。
「……行く」
「マコト!」
「……壊れない方法で、戦う」
それは、まだ答えのない誓い。
だが、退く理由には、ならなかった。
「待って!」
ミルファが、マコトの服を掴んだ。
「マコト、一人で行かないでにゃ!」
「……ミルファ」
「マコトが壊れたら、みんな悲しいにゃ」
「だから、一緒に行くにゃ」
エルナが、頷いた。
「私も、行きます」
「マコトさんが壊れないように、支えます」
プーコが、鼻を鳴らす。
(ぶもーー当然だ!)
モフが、マコトの肩で震えている。
(もふぅ……マコト)
マコトは、仲間たちを見た。
みんなが、ここにいる。
一人じゃない。
「……ありがとう」
小さく、呟く。
そして、前を向いた。
「じゃあ、行こう」
「みんなで、守り切る」
だが、その瞬間。
街の中心部で、巨大な爆発が起きた。
「な……!?」
「中央広場が……!」
冒険者たちが、絶叫する。
炎が、空を焦がす。
建物が、崩れ落ちる。
そして、
黒い影が、立ち上がった。
「……あれは」
アイシアが、息を呑む。
「……魔獣じゃない」
「あれは!魔そのもの!」
レグスが、姿を現した。
彼の周りには、黒い魔力が渦巻いている。
「ようやく、来たか」
レグスの声が、戦場全体に響く。
「タカハシ・マコト」
「お前が、均衡の外側で戦う者か」
マコトは、レグスを睨んだ。
「……お前が、レグス」
「ああ」
レグスは、冷たく笑った。
「私は、均衡を消す者」
「そして、お前を、壊す者だ」
次の瞬間、
レグスが、手を掲げた。
黒い魔力が、マコトに向かって放たれる。
「マコト!」
リーネが、叫ぶ。
マコトは、動かなかった。
風が、黒い魔力を弾く。
だが、マコトの目が、揺れている。
「……っ」
心読が、暴走する。
《殺意》
《憎悪》
《狂気》
レグスの感情が、濁流のように流れ込んでくる。
「……っ、やめ……」
マコトが、膝をつく。
ベルゼビュートが、前に出た。
「レグス!」
「貴様、何をした!」
「何も」
レグスは、笑った。
「ただ、私の感情を解放しただけだ」
「彼は、心読があるのだろう?」
「なら、私の狂気を、味わうといい」
マコトの目が、血走る。
視界が、赤く染まる。
吐き気が、止まらない。
「……っ、ああ……」
「マコト!」
エルナが、回復魔法を放つ。
だが、効かない。
これは、体の傷ではない。
精神が、壊れかけている。
「……なるほどね」
セレナが、静かに言った。
「レグスの狙いは、マコトを直接壊すこと」
「均衡の外側で戦う者を、排除する」
「それが、レグスの目的」
アイシアが、歯を噛みしめる。
「くそ……」
「マコトを、守らないと……」
だが、どうやって?
心の傷は、魔法では治せない。
レグスは、満足そうに笑った。
「さあ、マコト」
「お前が選べ」
「壊れるか、それとも、世界を壊すか」
戦争は、次の局面へ。
均衡の外側で戦う者が、どこまで"人"でいられるのか。
その答えを、世界が試し始めていた。
そして――マコトは、壊れかけていた。
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