21話:魔王、過保護
最初に異変に気づいたのは、敵ではなかった。
――ベルゼビュートの機嫌である。
「……近い」
低い声。
街外れの見張り中、マコトの背後で、魔王が唸った。
「何が?」
「女だ」
「……は?」
マコトが振り返ると、そこにはリーネがいた。
「補給の交代よ」
普通の報告。
普通の距離。
だが。
ベルゼビュートの尾が、地面を叩き割った。
「近い」
「だから何が近いんだ!」
マコトが叫ぶより早く、リーネが眉をひそめる。
「……魔王様?」
「貴様、マコトに寄りすぎだ」
「は?」
空気が凍る。
ミルファは、さっとマコトの後ろに隠れた。
「にゃ……敵より怖いにゃ……」
「もふぅ……」
モフも、マコトの肩で震えている。
(もふもふ……逃げたい)
「お前まで……」
「ぶもぉ……」
プーコも、遠くから様子を見ている。
「ぶも……」
(近寄れない)
◇
「意味が分からないわ」
リーネは、一歩も引かない。
「マコトさんは、パーティーメンバー」
「守るのは当然でしょ」
「当然ではない」
ベルゼビュートの声は、低く、重い。
「貴様らは、いずれ死ぬ」
「老いる」
「離れる」
リーネが、息を詰まらせる。
「……それが、何?」
「その時」
「マコトは、また一人になる」
マコトの胸が、きゅっと縮んだ。
「ベルゼビュート」
「黙れ」
魔王は、初めてマコトを遮った。
「我は知っている」
「一人で立ち続ける者の末路を」
風が、重くなる。
「均衡とは、孤独の上に立つものだ」
「誰も頼れず、誰も信じず」
「壊れたら、誰も拾わない」
ベルゼビュートの目が、僅かに揺れた。
「……我は」
「そうだった」
その言葉に、マコトは何も言えなくなった。
エルナが、小さく呟いた。
「……あの人、本当に孤独だったんですね」
「ええ」
リーネが、頷く。
「だから……」
リーネは、しばらく黙っていた。
そして。
「……だから、独りで抱え込むの?」
「違う」
「同じよ」
きっぱりと、言い切る。
「マコトさんを孤独にしないって言いながら」
「マコトさんの周りを壊そうとしてる」
ベルゼビュートの尾が、ぴくりと止まる。
「過保護なのよ」
「しかも、自覚なし」
「……貴様」
「怖いんでしょ」
リーネは、視線を逸らさない。
「マコトさんが、あなたを置いて進むのが」
沈黙。
ベルゼビュートの喉から、低い息が漏れた。
「……羨ましい」
その言葉は、あまりに小さかった。
「我は」
「均衡として存在するしかなかった」
「楽しいなど」
「知らなかった」
マコトは、ベルゼビュートに近づいた。
「……ベルゼビュート」
「来るな」
「でも……」
「来るな、と言っている」
彼女の声が、震えていた。
「でもにゃ」
空気を破ったのは、ミルファだった。
尻尾を揺らし、にこっと笑う。
「マコトがいたから、楽しいにゃ!」
「一緒に食べて、寝て、戦って」
「怒られて、笑って」
「全部、マコトがいたからにゃ」
マコトは、言葉を失う。
ベルゼビュートは、目を伏せた。
「……そうか」
「楽しい、か」
小さく、噛みしめるように。
「もふもふ……」
モフが、ベルゼビュートの足元に近づいた。
(一緒にいる)
ベルゼビュートは、モフを見下ろした。
「……お前も、か」
「もふ!」
モフが、力強く鳴く。
「ぶもー」
プーコも、ベルゼビュートに近づいてきた。
(ぶも!私たちがいる!)
ベルゼビュートの目が、少しだけ潤んだ。
「……ありがとう」
その時。
遠くで、爆音が響いた。
「――っ!」
マコトが振り向く。
街の南区画。
煙。
敵対冒険者たちが、結界石を破壊していた。
「均衡を壊す者たちだ!」
リーネが叫ぶ。
「……踏み越えたな」
ベルゼビュートの声が、冷える。
だが。
その視線は、マコトを見ていた。
「行くぞ」
「今回は」
「独りではない」
マコトは、頷いた。
「一緒に止める」
ベルゼビュートは、わずかに笑った。
「……それでいい」
ミルファが、元気よく言った。
「にゃー! みんなで行くにゃ!」
エルナも、頷く。
「……はい。一緒に」
リーネが、微笑んだ。
「では、行きましょう」
マコトは、仲間たちを見回した。
みんなが、ここにいる。
それだけで――
戦える。
「よし、行こう!」
「にゃー!」
「ぶもー!」
「もふー!」
魔王の過保護は、まだ重い。
けれど。
それは、初めての共有だった。
そして――
均衡は、本格的に壊れ始める。
敵対冒険者たちは、街の結界石を次々と破壊していた。
「……魔獣使いを、追い詰める」
「街ごと、狂化魔獣の海にする」
リーダー格の男が、邪悪な笑みを浮かべた。
「そして、あいつが力を使えば――」
「街ごと、壊れる」
完璧な計画だった。
でも、彼らは知らなかった。
マコトには、仲間がいることを。
そして――
魔王が、本気で守り始めたことを。
マコトたちは、街に向かって走り出した。
戦いが、始まる。




