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神様、魅了の対象そこじゃないです 〜魅了スキルをもらったのに、対象が動物と魔物だけでした〜  作者: たかつど
第2章「星の向こう側」

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8話:嫉妬が多すぎて戦えない

 ――その日の討伐依頼は、本来ならいつも通りのはずだった。


 森の外縁に出没する中型魔獣の群れ。危険度はB寄りC。

 今のマコトたちのパーティなら、少し慎重に行けば問題ない。


 ……はず、だった。


「…………」


 マコトは、歩きながら胃が痛くなるのを感じていた。

 理由は明確だ。視線が、痛い。


「マコトー♪」


 唐突に、横から衝撃。


「うわっ!?」


 ミルファが、当然のようにマコトの腕に抱きついた。


「マコトの隣はミルファの場所にゃ!」

「ちょ、ちょっとミルファ! 歩きづらいから!」

「平気にゃ! ミルファ軽いにゃ!」


 実際軽い。だが問題はそこではない。

 ――感じる。背後から、氷点下の沈黙。


「………………」


 リーネが、何も言わずにこちらを見ている。

 表情は穏やか。口元も柔らかい。

 だが、目が笑っていない。


「……リーネ?」

「何でもないです」


 即答。否定の余地ゼロ。

 そのさらに後方。


「……」


 ベルゼビュートが、腕を組み、黙って歩いていた。

 だが――。空気が、重い。

 まるで周囲の魔力が、彼女を中心に歪んでいるかのようだ。


(……今日、機嫌悪い?)


 マコトが内心でそう思った瞬間。


「マコト」

「は、はい!?」


 低く、艶のある声。


「貴様……最近、増えすぎではないか?」

「な、何が?」

「女だ」


 ずばり。

 ミルファが、むっとする。


「ミルファは女じゃないにゃ! 猫にゃ!」

「胸がある時点で女だ」

「にゃっ!?」


 ミルファが慌てて胸を押さえる。

 リーネは、静かに一歩前へ。


「ベルゼビュートさん」

「何だ、人間」

「増えたのではありません」

「ほう?」

「マコトさんが、断らないだけです」

「…………」


 空気が、さらに重くなった。

 マコトは、今すぐ地面に埋まりたかった。


「ち、違うからね!? 僕、何もしてないから!」

「マコトは優しいにゃ!」

「マコトさんは断れないだけです」

「マコトは――」


 ベルゼビュートの目が、細くなる。


「……マコト」

「は、はい……」

「戦闘前に、他の女に触れるな」

「えっ?」

「気が散る」

「理屈!?」

「もふぅ……」


 モフが、マコトの肩で震えている。


(もふもふ……怖い……)

「お前、いつも震えてるだろ……」

「ぶもぉ……」


 プーコも、遠くから様子を見ている。


(近寄れない)

「お前まで……」


 その時だった。


 ――異変。


 森の奥。本来なら、魔獣の気配が濃くなるはずの地点。

 静かすぎる。


「……おかしい」


 リーネが、小さく呟いた。


「魔獣の反応が、消えています」


 ミルファが、耳をぴくりと動かす。


「……逃げてるにゃ」

「え?」

「いっぱい、全力で逃げてるにゃ」


 マコトは、嫌な予感がした。

 その瞬間。

 森の奥から、数体の魔獣が飛び出してきた。

 ――逃走。

 こちらを見て、さらに速度を上げる。


「え、ちょっと待って!?」


 マコトが声を上げるが、魔獣たちは振り返らない。


「……これは」


 リーネが、ゆっくりとベルゼビュートを見る。


「あなたの威圧ですね」

「知らん」

「絶対知ってますよね?」

「……少し、感情が漏れただけだ」


 ベルゼビュートが、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「貴様が、他の女に囲まれているのが悪い」

「理不尽!?」


 その時。


「……っ」


 マコトの背後から、微かな気配。

 エルナだった。いつもより、一歩距離が近い。


「……戦えない理由、初めて見ました」

「え?」

「魔王の嫉妬で、魔獣が逃げるなんて」


 淡々とした声。だが、どこか呆れている。

 ベルゼビュートが、ちらりとエルナを見る。


「貴様もだ」

「……え?」

「マコトを見る目が、柔らかくなっている」

「そ、そんなことは……」


 エルナが、思わず視線を逸らす。

 ミルファが、にやりと笑った。


「また増えたにゃ」

「増えてません!」


 マコトの叫びが、森に響く。


 結局。

 その日の討伐依頼は、魔獣が全て逃走したため、


「異常事態につき、依頼完了扱い」


 という、前代未聞の結果で終わった。

 帰り道。

 マコトは、深くため息をついた。


「……戦ってないのに、疲れた」

「それはマコトのせいにゃ」

「えっ」

「マコトが、無自覚だからにゃ」


 リーネも、小さく頷く。


「マコトさんは、人も魔獣も、無意識に引き寄せます」

「それが、一番厄介です」


 ベルゼビュートは、腕を組んだまま言った。


「……次からは、覚悟しろ」

「何の!?」

「嫉妬は、さらに増える」


 マコトは、空を仰いだ。


(……俺、戦闘より先に、人間関係で詰む気がする)


 その時、森の奥から突然魔獣が現れた。


「……っ!」


 マコトは、反射的に前に出た。

 だが――

 魔獣の爪が、マコトの腕を掠めた。


「マコトさん!」


 リーネの声。

 エルナが、素早く回復魔法を放つ。


「【癒しの光】!」


 傷が、瞬時に塞がる。


「……ありがとう」

「……怪我、してたのに」


 エルナが、少しだけ怒ったように言った。


「なぜ、すぐに言わないんですか」

「え?」

「庇って……あなた、怪我人ですよ」


 その言葉に、マコトは少しだけ驚いた。


「……いや、でもこれくらい……」

「こ れ く ら い?」


 リーネの声が、冷たくなった。


「マコトさん。あなた、自分の命を軽く見すぎです」

「……ごめん」

「ぶもー」


 プーコが、マコトの足を鼻で突く。


(怒られろ)

「お前まで……」


 ミルファが、マコトに抱きついた。


「マコト、怪我したらダメにゃ!」

「……うん」


 ベルゼビュートが、マコトの前に立った。


「マコト」

「……はい」

「次、怪我を隠したら……」


 彼女は、真剣な目で言った。


「私が、お前を縛る」

「縛る!?」

「ああ。動けなくする」

「それ、過保護では……」

「過保護ではない」


 ベルゼビュートは、マコトの頬に手を添えた。


「お前は、大切だから」


 その言葉に、マコトの顔が真っ赤になった。


「……っ」

「にゃー! ずるいにゃ!」


 ミルファが、慌ててマコトに抱きつく。

 リーネも、マコトの手を握った。


「マコトさん。私たちが、守ります」

「……ありがとう」


 エルナも、小さく呟いた。


「……次は、ちゃんと言ってください」

「……わかった」


 マコトは、仲間たちを見回した。

 怒られてるけど――

 温かい。


 その横で。

 ミルファが、満足そうに喉を鳴らす。


「今日も平和にゃ」



 

 魔獣は逃げ、戦闘は起きず。


 だが。

 マコトの周囲の火種だけは、確実に増えていた。


 新ヒロイン増加により、魔王の機嫌は最悪である。

 次の戦闘が、無事に始まるかどうかは――

 誰にも、分からなかった。


 その夜、宿で。

 マコトは、ベッドに寝転びながら考えた。


(……俺、本当に大丈夫かな)

「もふぅ……」


 モフが、マコトの枕の上で丸まっている。


(大丈夫?)

「……ありがとう」

「ぶもー」


 プーコも、部屋の隅で眠っている。

 マコトは、小さく笑った。


(……まあ、なんとかなるか)


 そう思いながら、マコトは眠りについた。

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