6話:パーティの火力がおかしい
Bランク魔獣討伐当日。
巨大な魔獣が、地面を割って現れた瞬間。
「――散開!」
隊長の声が響く。
前衛が引きつけ、後衛が魔法を叩き込む。教科書通りの動き。
マコトたちも、自然とその流れに乗った。
「プーコ!」
「ぶもっ!」
突進。
魔獣の脚が止まる。
「ミルファ、右!」
「了解にゃ!」
爪が閃き、注意が逸れる。
リーネの魔法が、地面を拘束する。
「【氷結大地】!」
「完璧な連携だ……!」
周囲の冒険者が、思わず声を漏らす。
その瞬間だった。
「――っ!?」
マコトの胸が、ぞわりと震えた。
――危ない。
理由は分からない。ただ、そう思った。
「……大地、押さえろ……!」
無意識の詠唱。
次の瞬間。
地面が、爆発的に隆起した。
魔獣の巨体が、完全に持ち上がる。
「な――」
「え?」
マコト自身が、一番驚いていた。
そこへ。
「――風よ」
詠唱が、勝手に続く。
圧縮された風が、槍のように突き刺さる。
ズドン、という鈍音。
Bランク魔獣が、地面に沈黙した。
――静寂。
「……討伐、完了……?」
隊長が、呆然と呟く。
「早すぎる……」
「今の、Dランクどころじゃないぞ……」
ざわつく討伐隊。
マコトは、青ざめていた。
「ち、違う……俺、そんなつもりじゃ……」
「もふぅ……」
モフが、マコトの肩で震えている。
(もふもふ……怖かった……)
「ごめん、モフ……」
ベルゼビュートは、マコトを見つめ、低く言った。
「連携は、理想的だ」
「だが――」
「貴様だけ、威力の次元が違う」
他の冒険者たちが、マコトを見ている。
その視線が――
尊敬なのか、恐怖なのか、マコトには判断できなかった。
「魔獣使い殿……」
隊長が、近づいてきた。
「あなたの力、想像以上でした」
「い、いえ……たまたまです」
「たまたま?」
隊長は、首を傾げた。
「あれが、たまたま?」
「はい……」
マコトは、自分の手を見た。
(……何が起きたんだ?)
リーネが、小さく息を吐く。
「マコトさん」
「……ん?」
「今の、制御できてませんでした」
「……そうだよな」
「でも、威力は……」
リーネは、少しだけ不安そうに言った。
「Aランク級です」
「……は?」
「冗談じゃありません……」
ミルファが、マコトの腕に抱きついた。
「マコト、すごかったにゃ!」
「……怖かった」
マコトは、正直に答えた。
「俺、止められなかった」
プーコが、マコトの足元で鼻を鳴らす。
(でも、勝った)
「勝ったけど……」
ベルゼビュートが、少しだけ視線を逸らした。
「……世界は、力の差に敏感だ」
「力の差……?」
「平和でも、ズレは必ず歪みになる」
その言葉の意味が、マコトにはまだ理解できなかった。
帰り道。
空は穏やかで、風も優しい。
ミルファは、マコトの腕に抱きついている。
「マコト、本当にすごかったにゃ!」
「……ありがとう」
「でも、ちょっと怖かったにゃ」
「怖かった?」
「にゃ。マコトの魔法、すごく強かったにゃ」
その言葉に、マコトは胸が痛んだ。
「……ごめん」
「謝らなくていいにゃ!」
ミルファは、笑顔で言った。
「マコトは、マコトだにゃ!」
「……そっか」
リーネが、隣を歩きながら言った。
「マコトさん」
「ん?」
「力が、あなたを追い越しています」
「追い越してる……?」
「ええ。あなたの意図しない力が、出始めています」
その言葉に、マコトは何も言えなくなった。
(……俺、どうなってるんだ?)
ベルゼビュートが、後ろから声をかけてきた。
「マコト」
「……なに?」
「怖がるな」
「え?」
「力は、道具だ。使い方を学べばいい」
その言葉に、マコトは少しだけ安心した。
「……ありがとう」
「礼には及ばん」
プーコが、マコトの前を歩きながら鼻を鳴らす。
(私が守る)
「お前が?」
(失礼な!)
「……ありがとうな」
モフも、マコトの肩で小さく鳴いた。
(私も守る)
「お前は、いつも震えてるだけだろ……」
(失礼な!)
マコトは、少しだけ笑った。
でも、胸の奥に――
小さな不安が残っている。
ギルドに戻ると、受付嬢が驚いたように声を上げた。
「魔獣使い殿! もう戻られたんですか!?」
「はい……」
「Bランク魔獣は……?」
「倒しました」
「……一人で?」
「いえ、みんなで」
受付嬢は、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……やっぱり、噂は本当だったんですね」
「噂?」
「あなたが、次世代の英雄だって」
「英雄じゃないです……」
マコトは、頭を抱えた。
(俺は、ただの……)
その時、ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは、セレナだった。
「あら、お帰り」
「セレナさん……」
「聞いたわよ。Bランク魔獣を一瞬で倒したって」
「一瞬じゃないです……」
「でも、速かったんでしょ?」
セレナは、意味深に笑った。
「あなた、本当に面白いわね」
「面白くないです……」
「いいえ、面白いわ」
彼女は、マコトの顎に指を添えた。
「強くなってるのに、自覚がない」
「それが、一番危険なのよ」
「危険……?」
「ええ。力を持つ者は、自覚が必要」
セレナは、真剣な目で言った。
「じゃないと、周りが傷つく」
その言葉が、マコトの胸に刺さった。
「……わかってます」
「わかってるなら、いいわ」
セレナは、マコトから離れた。
「じゃあ、私はこれで」
「もう帰るんですか?」
「ええ。用事は済んだから」
そう言って、セレナは去っていった。
残されたマコトは、しばらく立ち尽くしていた。
マコトは、空を見上げる。
魔獣も、人も、誰も傷ついていない。
なのに。
胸の奥に、小さな不安が残る。
――強くなっている。
――確実に。
それが、まだ嬉しいだけではないことを。
マコトは、このとき初めて理解し始めていた。
「マコトさん」
リーネが、優しく声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「本当に?」
「……わからない」
マコトは、正直に答えた。
「でも、やるしかない」
「……そうですね」
リーネは、微笑んだ。
「私たちが、一緒にいますから」
「……ありがとう」
ミルファが、マコトに抱きついた。
「にゃー! マコト、元気出すにゃ!」
「……うん」
「ぶもー」
プーコも、力強く鳴く。
(私たちがいる)
「……そうだな」
マコトは、仲間たちを見回した。
不安は、まだ消えない。
でも――
一人じゃない。
それだけで、前に進める。
そう思えた、静かな夕暮れだった。




