5話:村の呪われた男
異世界に来て、三日目。
俺は村で『呪われた男』と呼ばれるようになっていた。
「来た! あの呪われた男が来た!」
「動物を発情させる悪魔だ!」
「近づくな! 家畜が暴走する!」
村の広場を歩くだけで、村人たちが逃げていく。
「ひどい言われようだな……」
俺は肩を落とした。
確かに、動物が寄ってくる。でも、発情とか悪魔とか、そこまで言わなくても。
その時だった。
「ワンワン!」
犬が走ってきた。
メスの柴犬風の犬。三日前に会った犬だ。
「お前……また来たのか」
犬は嬉しそうに俺に飛びついてきた。
尻尾ぶんぶん。目がキラキラ。
「おい、離れろって……」
言っても無駄だった。
犬は俺の足元に座り、ずっと尻尾を振っている。
「こらあああ! ポチ! 戻ってこい!」
犬の飼い主らしき男性が叫んでいる。
「す、すみません……」
俺はポチを飼い主の方に向けようとした。
しかし、ポチは俺の足にしがみついて離れない。
「お前……なんでそんなに懐くんだよ」
その時、さらに動物が集まってきた。
「にゃー」
猫。白い猫。メスだ。
俺の足に体を擦り付けてくる。
「コケコッコー!」
鶏。茶色い鶏。これもメスだ。
俺の周りをぐるぐる回る。
「メェェ」
山羊。角のない、大人しそうな山羊。当然メスだ。
俺の肩に頭を乗せてきた。
「重い! お前、肩に頭乗せるな!」
山羊は気にせず、俺に体を預けてくる。
犬は俺の足元。
猫は俺の膝に飛び乗る。
鶏は俺の足にまとわりつく。
山羊は俺の肩に頭を乗せる。
「お前ら……距離感ってものを……」
言っても無駄だった。
そして、俺は気づいた。
「……全部、メスかよ」
偶然とは思えなかった。
オスの動物は一匹もいない。
集まってくるのは、全部メスだ。
「まさか……【魅了】って……」
その時、村の入口から若い女性が歩いてきた。
年は十代後半くらい。茶色の髪を三つ編みにした、村娘風の可愛い女の子。
「あ……」
俺は思わず見とれた。
異世界に来て、初めてまともに見る若い女性だ。
可愛い。
素朴な感じだけど、笑顔が優しそうで。
「よし……チャンスだ」
俺は動物たちを何とか押しのけて、女の子に近づいた。
「あ、あの……」
女の子は、動物に囲まれた俺を見て――
「きゃっ!」
悲鳴を上げた。
「え?」
「ご、ごめんなさい!」
女の子は、全力で逃げていった。
「……あ」
俺は、立ち尽くした。
今の、【魅了】のスキル……効いてなかったよな?
まったく、効いてなかった。
それどころか、怖がられた。
「マジかよ……」
その時、別の村娘が井戸端で洗濯をしていた。
金髪の、少し年上の女性。
俺は、藁にもすがる思いで声をかけた。
「あ、あの……すみません」
女性は俺を見て――
そして、俺の後ろを見て――
顔を青ざめさせた。
「……近づかないで!」
「え、いや、ちょっと……」
「呪われてる……」
女性は洗濯物を放り出して、逃げていった。
「呪われてるって……」
俺は完全に打ちのめされた。
「動物を操る男だ……」
遠くから、村人たちの囁き声が聞こえる。
「あの男に近づくと、家畜が暴走する」
「娘たちを近づけるな」
「危険だ」
俺は、村の外れまで逃げるように歩いた。
誰も追ってこない。
動物だけが、当然のように着いてくる。
ポチ、猫、鶏、山羊。
そして、さらに増えた。
豚。牛。馬。
全部、メスだ。
「……最悪だ」
村の外れの木の下で、俺は座り込んだ。
動物たちが、俺の周りを囲む。
ポチは俺の膝に頭を乗せてくる。
猫は俺の肩に乗る。
鶏は俺の足元で座る。
山羊は俺に体を寄せてくる。
「お前ら……」
優しい。
温かい。
拒まない。
でも――
「……俺が欲しかったのは、これじゃないんだよ」
小さく呟いた。
動物じゃなくて。
人間の、女の子に好かれたかった。
笑顔で話しかけられたかった。
好きって、言われたかった。
でも、現実は――
女の子には怖がられ、村人には呪われた男扱いされ、動物にだけ好かれる。
「なんだよ、これ……」
昔の記憶が、じわじわと蘇る。
元の世界でも、こうだった。
頑張っても、空回りして。
気を遣っても、疎まれて。
距離を取れば、「冷たい」と言われて。
――まただ。
世界が変わっても、結局これか。
人に必要とされない。
居場所がない。
なのに。
動物たちは、俺から離れない。
拒まれない。
疑われない。
逃げない。
それが、余計に胸を締めつけた。
「……俺さ」
誰に向けた言葉でもなく、呟く。
「人に好かれないくせに……動物に囲まれて、何やってんだろうな」
ポチが、きゅうんと鳴いた。
猫が、頬に頭をすりつける。
「……やめろよ」
優しくされる資格なんて、ない気がした。
人に拒まれる理由は、分かっている。
面倒で、重くて、空気が読めない。
そんな自分が、ここにいていいはずがない。
「……俺が悪いんだ」
村の灯りが、遠くで揺れている。
あの中に、俺の居場所はない。
この世界でも、俺はやっぱり――
歓迎されない存在なんだ。
その時、村長のガレンが歩いてきた。
「マコト……お前、ここにいたのか」
「……村長」
「村人たちが怖がっている」
「すみません……」
「謝ることはない」
ガレンは優しく言った。
「お前は悪くない。ただ、特殊なだけだ」
「特殊……」
「でも、それは悪いことじゃない」
ガレンは俺の隣に座った。
「お前には、お前に合った場所がある。ここじゃない、どこかに」
「……本当ですか?」
「本当だ」
ガレンは力強く頷いた。
「だから、諦めるな」
「……はい」
でも、俺の心は晴れなかった。
本当に、俺に合った場所なんてあるのか。
本当に、俺は幸せになれるのか。
そう思った瞬間、胸の奥が、ひどく冷たくなった。
星も見えない空の下で、
俺はただ、立ち尽くしていた。
動物たちだけが、俺を見上げていた。




