4話:色気お姉さんは面白がる
王都郊外の簡易宿。
中庭には、洗濯物がずらりと干されていた。
「……よし」
マコトは深呼吸する。
「今日は制御の練習だ。威力はいらない。そよ風でいい」
リーネが腕を組んで頷いた。
「風魔法は繊細さが大事ですからね」
ミルファは、マコトの足元で丸くなっている。
「がんばるにゃー」
プーコは洗濯物の陰から顔を出し、なぜか誇らしげだ。
「ぶも」
(※見守ってる)
「お前、邪魔だから……」
「もふぅ……」
モフも、マコトの肩で丸まっている。
マコトは集中する。
「――風よ、静かに、やさしく……」
その時。
「ふふ。それ、本当にやさしくの顔?」
背後から、低く艶のある声がした。
「うわっ!?」
振り向くと。
そこにいたのは、豊かな曲線を隠す気ゼロの革装備に、長い赤茶の髪を揺らす女性。
胸元、開きすぎ。腰、細すぎ。脚、長すぎ。
「だ、誰ですか……」
「セレナよ」
女はにっこり笑った。
「フリーの魔導士。最近噂の変な魔獣使いを見に来たの」
――この人、絶対わざとだ。
「へえ……」
セレナはマコトを上から下まで眺め、楽しそうに口角を上げる。
「思ったより、普通でつまらな――」
次の瞬間。
ミルファが、セレナの背中に飛び乗った。
「にゃっ!?」
「……あら?」
セレナは一瞬驚き、すぐに破顔した。
「かわいい……!」
懐から干し肉を取り出す。
「はい、どうぞ」
「にゃっ!?」
――即、餌付け。
「おい!」
「うふふ、猫獣人って、こうすると懐くのよ」
ミルファは完全に陥落。
「……この人、危険にゃ。でも、美味しいにゃ」
「お前……」
ベルゼビュートが、少し離れた位置で腕を組む。
赤い瞳が、露骨に細くなっていた。
「……妙に距離が近いな」
「気のせいよ?」
セレナはにっこり。
「それより坊や」
マコトの耳元に、すっと顔を寄せる。
「詠唱練習、続けないの?」
「ち、近……!」
「集中しなさい」
その瞬間。
マコトの魔力が、一気に跳ねた。
「――風よ!」
ドンッ!!
次の瞬間。
突風。
中庭を薙ぎ払う、完全にそよ風ではない風。
「きゃっ!?」
「にゃああ!?」
「ぶも!?」
洗濯物が、一斉に宙を舞った。
下着。タオル。シーツ。
空へ。
――大惨事。
「……」
沈黙。
セレナが、ひとつだけ落ちてきた布を掴む。
「……ふふ」
それは、ベルゼビュートのマントだった。
ベルゼビュートの目が、完全に氷点下。
「……貴様」
「冗談よ?」
セレナは肩をすくめる。
「でも」
マコトを見る。
「面白いわ、あなた」
「……は?」
「力があって、不器用で、周りが放っておかない」
ミルファが、マコトの背中にしがみつく。
「マコトは渡さないにゃ!」
「……渡す気はない」
ベルゼビュートが、一歩前に出た。
「次に洗濯物を飛ばしたら、貴様を飛ばす」
マコトは、頭を抱えた。
「……詠唱練習、難しすぎる……」
リーネが、ため息をついた。
「マコトさん、集中してください」
「集中してたんだけど……」
「してませんでした」
「……はい」
セレナが、楽しそうに笑った。
「あら、厳しい彼女ね」
「彼女じゃないです!」
リーネの顔が、真っ赤になる。
「そうなんだ?」
セレナは、意味深に笑った。
「じゃあ、まだチャンスがあるのね」
「チャンス!?」
「冗談よ」
セレナは、マコトの顎に指を添えた。
「でも、あなた面白いわ。気に入った」
「ちょ、ちょっと……」
ベルゼビュートの威圧が、一気に高まる。
「……貴様、調子に乗るな」
「あら、怖い」
セレナは、全く怯えていない。
「魔王様、嫉妬してるの?」
「……何?」
「だって、そんな顔してるもの」
ベルゼビュートは、何も言わなかった。
だが、その沈黙が――全てを語っていた。
「うふふ、可愛い」
「……殺すぞ」
「冗談よ」
セレナは、マコトから離れた。
「じゃあ、私はこれで」
「え、もう帰るんですか?」
「ええ。用事は済んだから」
「用事?」
「あなたを見ること」
セレナは、振り返って微笑んだ。
「また会いましょう、面白い魔獣使いさん」
そう言って、セレナは去っていった。
残されたマコトたちは、しばらく沈黙していた。
「……なんだったんだ、あの人」
「厄介な人です」
リーネが、冷静に言った。
「セレナさんは、元S級冒険者で有名な方です」
「S級!?」
「ええ。でも、今は引退して情報屋をしています」
「情報屋……」
「ええ。だから、マコトさんの噂を聞いて来たんでしょう」
ミルファが、マコトにしがみついた。
「にゃー……あの人、怖いにゃ」
「怖い?」
「にゃ。餌付けされたにゃ……」
「お前、完全に懐いてただろ……」
ベルゼビュートが、腕を組んだ。
「……気に入らない」
「何が?」
「あの女」
「……嫉妬してるんですか?」
「してない」
即答だった。
「でも、気に入らない」
「それ、嫉妬では……」
「してない」
ベルゼビュートは、そう言って背を向けた。
プーコが、マコトの足元で鼻を鳴らす。
(ベルゼビュート、素直じゃない)
「……だな」
(でも、可愛い)
「可愛いって……」
その時、宿の主人が飛んできた。
「魔獣使い殿! 洗濯物が!」
「す、すみません! 今すぐ片付けます!」
「ぶもー」
プーコが、誇らしげに胸を張る。
(私が手伝う)
「お前、何もできないだろ……」
(失礼な!)
マコトたちは、散らばった洗濯物を集め始めた。
リーネが、小さく笑う。
「マコトさん、本当に騒がしいですね」
「……笑わないでください」
「でも、楽しそうです」
「楽しくないです……」
ミルファが、洗濯物を拾いながら言った。
「でも、マコトはみんなに好かれてるにゃ」
「好かれてるって……」
「にゃ! だから、マコトは幸せにゃ」
その言葉に、マコトは少しだけ胸が温かくなった。
「……そうかな」
「そうにゃ!」
ベルゼビュートが、遠くから声をかけてきた。
「マコト。早く片付けろ」
「はい……」
マコトは、仲間たちと一緒に洗濯物を片付けた。
セレナという新しい存在が現れて、また日常が賑やかになった。
マコトの平穏は、さらに遠のいていく。
でも――
それも、悪くない。
そう思えた、騒がしい午後だった。
その夜。
宿の部屋で、ベルゼビュートが一人呟いた。
「……気に入らない」
マコトには聞こえなかったが――
彼女の心の中では、確かに嫉妬の炎が燃えていた。




