3話:初・詠唱魔法成功
森の奥は、静かだった。
――静かすぎる。
「……来ます」
リーネが小さく告げた、その直後。
草むらが弾ける。
現れたのは、Dランク魔獣 岩毛狼。岩のように硬い毛皮を持つ狼型魔獣だ。
「ぶも!」
プーコが前に出る。
ミルファは、マコトの背後にぴたりと張り付く。
「マコト、来るにゃ!」
「分かってる!」
ストーンウルフが跳ぶ。
速い。
――避けきれない。
その瞬間。
「……っ」
マコトの口が、勝手に動いた。
「――風よ、我が声に応え、刃となれ」
言葉が、思考を追い越して流れ出る。
自分でも、何を詠唱しているのか分からない。
だが。
空気が、軋んだ。
「……え?」
次の瞬間。
魔獣の横腹を、圧縮された風の刃が叩きつけた。
「ギャウッ!?」
ストーンウルフの身体が、横に吹き飛ぶ。
硬い毛皮が、風の刃で削られている。
だが、それだけでは終わらない。
「――大地よ、その身を起こせ」
さらに、マコトの口が動く。
今度は――地面。
魔獣の足元から、土の柱が不規則に隆起した。
高さはバラバラ。角度もガタガタ。狙いも雑。
しかし。
吹き飛ばされた魔獣は、そのまま土柱に激突し、転倒した。
ドシャアアッ!
地面が揺れる。
土煙が上がる。
――そして沈黙。
一瞬の、静寂。
「……」
「……」
マコトは、自分の両手を見つめた。
「……今の、何?」
リーネが、目を見開いたまま固まっている。
「……詠唱、しましたよね?」
「え?」
「無詠唱じゃなくて、ちゃんと詠唱魔法でした」
「した覚え、ないんだけど……」
ミルファが、目を輝かせる。
「すごいにゃ! マコト、かっこよかったにゃ!」
「いや、でも――」
マコトは、周囲を見回す。
風で倒れた木。無駄に隆起した土の塊。地面はボコボコ。
完全に、やりすぎだ。
「……リーネ?」
「……はい?」
「足元、大丈夫?」
リーネは、隆起した土に片足を取られていた。
「……少し歩きにくいですね」
「ごめん!」
「ぶも……」
プーコも、前脚が土に埋まっている。
(動けない)
「プーコまで……」
「もふぅ……」
モフは、マコトの肩で震えていた。
(もふもふ……怖かった……)
「お前、何もされてないだろ……」
ベルゼビュートが、腕を組んだ。
「……威力は及第点だ」
「ほめてる?」
「制御が致命的だがな」
マコトは、頭を抱えた。
「やっぱり、たまたま……」
「違います」
リーネは、はっきり言った。
「今のは、成長です」
「……」
「意図せず詠唱が出るのは、魔力が身体に馴染み始めている証拠です」
マコトは、少しだけ息をのむ。
「……俺、強くなってる?」
ミルファが、即答する。
「なってるにゃ!」
プーコも、大きく頷いた。
「ぶも!」
ベルゼビュートが、ほんのわずかに口角を上げる。
「……遅いが、確実だ」
マコトは、荒れた地面と倒木を見回し、苦笑した。
「制御、ちゃんと練習しないとな……」
だが、その胸の奥には。
確かに――小さな手応えが残っていた。
戦闘が、怖いだけのものではなくなり始めている。
その変化に、マコト自身はまだ戸惑っていたが。
周囲は、もう気づいていた。
――マコトは、確実に強くなっている。
リーネが、土に埋まった足を引き抜きながら言った。
「マコトさん、次からは周囲を確認してから魔法を使ってくださいね」
「……はい」
「でも、すごかったです」
リーネは、微笑んだ。
「あの詠唱、初めて聞きました」
「え?」
「普通、初心者は定型詠唱から入るんです」
「定型詠唱?」
「ええ。教本に載ってるような、決まった言葉です」
リーネは、説明を続ける。
「でも、マコトさんの詠唱は……独自のものでした」
「独自……」
「それは、魔力が本当に馴染んでいる証拠です」
ミルファが、マコトの腕に抱きついた。
「にゃー! マコト、天才にゃ!」
「天才じゃないよ……」
「にゃ? でも、かっこよかったにゃ!」
「……そうか?」
「にゃ!」
ベルゼビュートが、倒れたストーンウルフに近づいた。
「……生きてるな」
「え、生きてるんですか?」
「ああ。気絶しているだけだ」
マコトは、安心したようにため息をついた。
「……よかった」
「殺さずに倒す、か」
ベルゼビュートは、少しだけ笑った。
「相変わらず、優しいな」
「……それが普通だと思うんですけど」
「普通ではない」
彼女は、マコトを見た。
「だから、お前は面白い」
プーコが、やっと土から抜け出した。
(疲れた)
「お前、何もしてないだろ……」
(精神的疲労)
「それ、何の役にも……」
その時、森の奥からまた音がした。
「……まだいるのか?」
リーネが、警戒する。
「いえ、これは……」
現れたのは、さらに三体のストーンウルフ。
「うわっ……」
「マコト、どうするにゃ?」
「どうするって……」
マコトは、自分の手を見た。
(もう一回、できるかな……)
「やってみます」
マコトは、前に出た。
「――風よ、我が声に応え――」
詠唱が、また自然に流れ出る。
だが、今度は――
「……あれ?」
風が、出ない。
「……っ」
魔力が、空回りしている。
「マコトさん! 魔力切れです!」
「え!?」
ストーンウルフが、飛びかかってくる。
「ぶもー!」
プーコが、マコトを庇って突進した。
ドガァン!
魔獣とプーコが激突する。
「プーコ!」
(任せろ)
ミルファも、素早く動いた。
「マコトは下がるにゃ!」
彼女の動きは、目で追えないほど速い。
爪が、魔獣の目を狙う。
「ギャウ!」
魔獣が怯む。
リーネの氷魔法が、地面を凍らせる。
「【氷結大地】!」
魔獣たちの足が滑る。
ベルゼビュートが、一歩前に出た。
「……私の番か」
彼女の威圧だけで、魔獣たちが動けなくなる。
「……逃げろ」
その一言で、魔獣たちは一斉に森の奥へ逃げていった。
「……終わった?」
マコトは、呆然と立ち尽くしていた。
「はい。終わりました」
リーネが、安心したように笑う。
「マコトさん、無事でよかったです」
「……俺、何もできなかった」
「いえ」
リーネは、首を振った。
「最初の一撃、すごかったですよ」
「でも、魔力切れで……」
「それも、成長の証です」
ミルファが、マコトに抱きついた。
「にゃー! マコト、無事でよかったにゃ!」
「……ありがとう、みんな」
マコトは、仲間たちを見回した。
プーコは、誇らしげに胸を張っている。
モフは、まだ震えている。
ベルゼビュートは、腕を組んで立っている。
リーネは、優しく微笑んでいる。
ミルファは、マコトにべったりだ。
「……俺、まだまだだな」
「それでいいんです」
リーネが、言った。
「完璧な人なんて、いませんから」
「……そっか」
マコトは、少しだけ笑った。
「じゃあ、もっと練習しないとな」
「にゃー! 頑張るにゃ!」
「ぶもー」
賑やかな声が、森に響く。
マコトの成長は、まだ始まったばかり。
でも、確かに――
一歩ずつ、前に進んでいる。




