2話:猫獣人は距離感を知らない
問題は、依頼の帰り道で拾った。
「……あの」
マコトは、視線を下に落とす。
そこには――尻尾をふりふりさせながら、ぴったり密着して歩く女の子がいた。
獣耳。ふわふわの尻尾。金色の瞳。
――猫獣人。
「にゃ?」
首をかしげる仕草が、あまりにも無防備。
「その……ちょっと、近くない?」
「近い?」
少女――ミルファは、きょとんとした。
「だって、マコトの匂い、安心するにゃ」
「えっ」
後ろを歩いていたリーネが、ぴたりと足を止める。
「……マコトさん?」
「ち、違う! 俺、何もしてないから!」
「にゃ? 撫でてくれただけにゃ」
「撫でただけ!?」
言い訳が、火に油を注いだ。
その瞬間。
「……マコト」
低く、冷たい声。
振り返ると、ベルゼビュートが腕を組み、絶対零度の眼差しで立っていた。
「説明しろ」
「偶然です!」
「にゃ? 偶然でも、膝は座り心地いいにゃ」
「膝!?」
マコトの脳内に、不吉な未来がよぎる。
――そして、その未来は即座に現実になった。
事の発端は、三十分前。
森の中で、魔獣に襲われていた猫獣人を助けた。それだけのことだった。
「助けてくれて、ありがとうにゃ!」
ミルファは、満面の笑みでマコトにお礼を言った。
「いや、当たり前のことしただけだから」
「にゃー! 優しいにゃ!」
そのまま、ミルファはマコトの腕にしがみついた。
「ちょ、ちょっと……」
「マコト、いい匂いするにゃ」
「匂い!?」
リーネが、咳払いをした。
「あの……ミルファさん、でしたっけ?」
「にゃ?」
「少し、距離を……」
「にゃ? でも、マコトは嫌がってないにゃ」
「嫌がってます!」
「嘘にゃ。心臓の音、優しいにゃ」
「それ、ただの緊張!」
ベルゼビュートが、一歩前に出た。
「猫。お前、何者だ」
「ミルファにゃ! 猫獣人の冒険者にゃ!」
「……冒険者?」
「にゃ! でも、パーティがなくて困ってたにゃ」
ミルファは、少しだけ悲しそうに言った。
「みんな、獣人は嫌がるにゃ……」
「……」
マコトは、その言葉に胸が痛んだ。
(差別、か……)
「だから、マコトのパーティに入れてほしいにゃ!」
「え……」
「ダメにゃ?」
ミルファは、上目遣いでマコトを見た。
その瞳が、あまりにも純粋で――
「……いいよ」
「マコトさん!?」
リーネが、驚いたように声を上げた。
「でも……」
「困ってる人を放っておけないだろ」
マコトは、少しだけ笑った。
「それに、ミルファは強そうだし」
「にゃー! マコト、大好きにゃ!」
ミルファが、マコトに飛びついた。
「ちょ、ちょっと……」
リーネとベルゼビュートの視線が、氷点下になった。
ギルド休憩所。
マコトが椅子に座った瞬間。
「にゃっ♪」
当然のように、膝の上に乗るミルファ。
「え、ちょ、ミルファ!?」
「ここ、定位置にゃ」
「決まってない!?」
尻尾が、マコトの腕に巻きつく。完全ロック。
「……マコトさん」
リーネが、静かに言った。
「その状況、どう説明するつもりですか?」
「いや、俺も分からない!」
「にゃ? マコトは撫でる係にゃ」
「係じゃない!」
ベルゼビュートが、一歩前に出る。
「……降りろ、猫」
魔王の威圧。
だが。
「にゃー?」
ミルファは、まったく怯えなかった。
むしろ――
「綺麗なお姉さんにゃ」
「……何?」
「でも、怒ってるにゃ。もっと笑った方がいいにゃ」
「……」
ベルゼビュートの眉が、ぴくりと動く。
「マコト」
「はいっ」
「その猫、なぜ私より距離が近い?」
「知らないです!」
ミルファは、マコトの胸に頬ずり。
「マコト、あったかいにゃ」
「ミルファァァ!?」
リーネの視線が、完全に氷点下へ。
「……マコトさん」
「なんでしょうか」
「その膝、空いてますよね?」
「えっ」
次の瞬間。
反対側の膝に、リーネが腰を下ろした。
「ちょっと待って!?」
「問題でも?」
「大問題です!」
ベルゼビュートが、無言で近づく。
「……」
「え、ベルゼビュートさん?」
彼女は、マコトの背後に立ち、肩に手を置いた。
「……逃げ場はないな」
「なにそれ怖い!」
完全包囲。
マコトの膝には猫獣人。片膝にリーネ。背後に魔王。
「もふぅ……」
モフが、マコトの頭の上に乗った。
(私の定位置)
「お前までか……」
「ぶもー」
プーコが、少し離れた場所で腕組み。
「ぶも」
(勝者を見守る表情)
「お前も何か言え!」
通りかかった冒険者が、ぽつりと呟く。
「……英雄って、大変なんだな」
「違う! 俺は英雄じゃない!」
ミルファが、満足そうに喉を鳴らす。
「にゃ〜……」
その様子を見ていたギルドマスターが、苦笑した。
「……魔獣使い殿、人気者ですね」
「笑わないでください……」
「しかし、猫獣人を仲間にするとは」
「え?」
「彼女たち、通常は人間を警戒しますからね」
ギルドマスターは、真剣な顔で言った。
「それだけ、あなたが信頼されているということです」
「……そうなんですか」
「ええ。大切にしてあげてください」
その言葉に、マコトは少しだけ胸が温かくなった。
「……わかりました」
「にゃ? マコト、優しい顔してるにゃ」
「そうか?」
「にゃ! だから、もっと撫でてほしいにゃ」
「調子乗るな……」
リーネが、ため息をついた。
「……マコトさん、甘いですね」
「甘くないよ」
「甘いです」
ベルゼビュートも、呆れたように言った。
「……まあ、あなたらしいけど」
「それ、褒めてる?」
「さあ?」
ミルファが、マコトの顔を覗き込んだ。
「ねえ、マコト」
「ん?」
「これから、ずっと一緒にゃ?」
「……ああ」
マコトは、頷いた。
「仲間だからな」
「にゃー! マコト、大好きにゃ!」
ミルファが、マコトに抱きついた。
リーネとベルゼビュートの視線が、再び氷点下になる。
「……マコトさん」
「マコト」
「はい……」
その日。
ギルド内では、新たな噂が確定した。
――「変な魔獣使い、猫獣人に懐かれすぎ問題」
マコトは、まだ知らない。
これが、嫉妬と誤解が加速する日常の始まりだということを。
そして――
ミルファの加入で、パーティの戦闘力が大幅に上がることも。
「にゃー……」
ミルファは、マコトの膝の上で眠り始めた。
「……寝るな」
「もふぅ……」
モフも、頭の上で眠っている。
「お前もか……」
「ぶもー」
プーコが、満足そうに鼻を鳴らした。
(平和だな)
「平和じゃない!」
マコトの悲鳴が、ギルドに響いた。




