4話:田舎村に転生
――目が覚めた。
草の匂いがする。
「……ん?」
起き上がろうとして、違和感に気づいた。
体が、軽い。
やけに軽い。
手を見る。
ちゃんと五本指。爪もある。若い。明らかに若い。
「……生きてる?」
いや、生きてるというより――
別の体だ。
「マジか……本当に転生した……」
俺は勢いよく立ち上がった。
そこは、見たことのない田舎村だった。
木と土で作られた家々。
遠くに畑。
さらに遠くには森。
どこか牧歌的で、ファンタジーの教科書みたいな風景。
「……異世界?」
頭の中に、知らない単語が自然と浮かぶ。
ファルディア王国。
辺境の村。
なぜか、そうだと分かった。
「言語翻訳、本当に設定されてる……すげえ」
感動していると――
がさっ。
背後の茂みが揺れた。
「……?」
振り向いた瞬間――
うさぎが飛び出してきた。
「おお……本物のうさぎ……」
ぴょん、と足元に来て、じっと俺を見上げている。
可愛い。
やたらと可愛い。
「いや、でも野生だよな? 逃げないの?」
次の瞬間。
うさぎが、俺の足にすりすりと体を擦り付けてきた。
「え?」
ぴょこん、と俺の膝に飛び乗る。
そして、俺の手を舐めてくる。
「ちょ、ちょっと……懐きすぎじゃない?」
その時だった。
ばさばさっ。
空から、鳥が降ってきた。
肩に止まる。
頭にも止まる。
腕にも止まる。
「ちょ、ちょっと待って!」
鳥たちは、嬉しそうに鳴いている。
ぴーちくぱーちく。
さらに。
もそっ。
足元に、子鹿。
いつの間にか、子鹿がいる。
「いやいやいや! なんで!?」
子鹿は俺の足に頭をこすりつけてくる。
めちゃくちゃ懐いている。
俺は一歩下がる。
動物たちは、一歩近づく。
俺はさらに下がる。
動物たちは、さらに近づく。
「待って待って! 追いかけないで!」
逃げると、動物たちがついてくる。
うさぎ、鳥、子鹿、そして――
がさがさがさ。
茂みから、リス。狐。猪。
次々と動物が現れる。
そして、全員が俺に寄ってくる。
「なんなのこれ!?」
その時。
「お、おい!」
遠くから、声がした。
村人らしき男が、畑の向こうで固まっている。
中年の、農夫風の服装。
「な、なんだあれ……」
男は俺を見る。
正確には――
俺の周囲の動物大群を見る。
うさぎ×5、鳥×10、子鹿×2、リス×3、狐×1、猪×1。
完全に、サーカスかよっていう状態。
「動物使い……?」
「いや、違います!」
俺が叫んだ瞬間、うさぎが鳴いた。
きゅう。
子鹿が、すりっと俺の足に頭をこすりつける。
鳥が、誇らしげに羽を広げた。
――完全に誤解を深めた。
村人が、一歩後ずさる。
「……近づくな」
「違うんです! これ勝手についてきただけで!」
「嘘をつくな! 森の動物を完全に支配しているじゃないか!」
「支配してない! むしろ俺が困ってる!」
俺が動くと、動物たちも動く。
ぞろぞろぞろ。
完全に、引率の先生と遠足の子供たち状態。
村人が、悲鳴に近い声を上げた。
「で、出た……!」
「え?」
「田舎村に伝わる……」
「『獣を従える者』……!」
「そんな伝説、俺知らない!」
その時、村の中心から人が集まってきた。
「何事だ!?」
「動物が暴走してる!」
「いや、暴走じゃない! あの若い男に集まってる!」
村人たちが、俺を指差す。
中年女性が叫んだ。
「まさか……魔物使い!?」
「いや、家畜は魔物じゃねえだろ!」
「でも普通じゃない!」
「普通じゃないのは俺も認めます!」
その時、遠くで犬が吠えた。
わんわんわん!
次の瞬間。
全力ダッシュで犬が来た。
大型犬。柴犬風。メスだ。
「待って! 来ないで!」
遅かった。
犬は俺に飛びつき――
顔を舐めた。
べろべろべろ。
「やめ、やめて!」
犬は嬉しそうに尻尾を振りまくっている。
そして、俺の周りをぐるぐる回る。
さらに、猫が現れた。
白い猫。黒い猫。茶色い猫。
全部で5匹。
全部、メスだ。
そして、全員が俺の足に体を擦り付けてくる。
「にゃー」
「にゃあ」
「にゃあああ」
「猫まで!?」
完全に、カオスだった。
村人たちは、完全に腰が引けている。
「……危険だ」
「村長を呼べ!」
「結界は!? 結界はまだか!?」
「結界って何!?」
その時、老人が前に出てきた。
白髭の、杖をついた老人。村長らしい。
「静まれ」
低い声。
村人たちが黙る。
老人は俺をじっと見た。
「お前……名は?」
「た、高橋誠です……」
「タカハシマコト……変わった名だな」
老人は俺の周りの動物たちを見た。
うさぎ、鳥、子鹿、リス、狐、猪、犬、猫。
総勢30匹以上。
「動物に好かれる体質か……それとも、特殊な能力か」
「そ、それは……」
俺は答えに窮した。
正直に言うべきか。それとも誤魔化すべきか。
その時、脳裏に白いモヤの声がよぎった。
『魅了が……高すぎる』
『設定スキル、間違えたかも?』
「……あ」
そうか。
【魅了】のスキルが、人間じゃなくて動物に効いてるのか。
「設定ミスってるじゃねえか!」
思わず叫んだ。
村人たちが、ざわつく。
「設定ミス?」
「何を言ってるんだ?」
「精神に異常をきたしたのか?」
「違います! これは神様のミスで!」
言えば言うほど、怪しくなる。
老人が手を上げた。
「まあいい。とりあえず、動物たちを元の場所に戻してくれ」
「は、はい……」
俺は動物たちに語りかけた。
「お前ら……戻ってくれないか?」
すると、動物たちは名残惜しそうに俺を見た。
うさぎが、ぴょこんと俺の手に飛び乗る。
犬が、クゥーンと鳴く。
猫が、足に絡みつく。
「お願いだから……俺、村人に怖がられてるんだ」
俺が頭を下げると、動物たちは渋々と去っていった。
ただし、何度も何度も振り返りながら。
村人たちは、ポカンとした表情で俺を見ていた。
「す、すげえ……」
「本当に動物を操った……」
「あれは絶対、普通じゃねえ」
老人は俺に近づいてきた。
「お前、旅の者だと言ったな」
「は、はい……」
「どこから来た?」
「え、ええと……遠く……から」
適当に答える。元の世界から来たとは言えない。
「そうか」
老人は少し考えた。
「なら、一晩くらいは泊まっていくといい。村には宿はないが、私の家に泊めてやろう」
「え、いいんですか?」
「ああ。お前、悪い奴には見えん」
老人は優しく微笑んだ。
「ただし」
「は、はい?」
「動物に近づくな。村人が怖がる」
「……はい」
俺は、深く頭を下げた。
こうして、俺の異世界生活は始まった。
動物に異常にモテる男として。
村人にドン引きされる男として。
そして――
神様の設定ミスを恨む男として。
「絶対、わざとだろ……」
俺は小さく呟いた。
遠くから、犬の鳴き声が聞こえた。
まるで、『待ってるよ』と言っているように。
俺の異世界生活は――
平和な田舎村で、なぜか恐れられるところから始まった。




