32話:敵国侵攻
王都ガルディアは、朝から騒がしかった。
鐘の音。
兵の足音。
空気そのものが、張り詰めている。
「敵国ベルガリア軍、国境を越えました!」
伝令の声が、広場に響いた。
「侵攻規模、魔獣部隊を含む――!」
「魔獣……」
俺の胸が、嫌な感覚で締めつけられる。
アイシアが低く唸った。
「狂化だな。あの国は、邪教団と繋がっている」
リーネは唇を噛む。
「また……利用されてる」
討伐命令が、冒険者ギルドに貼り出された。強制ではない。だが、街を守れる者は限られている。
「……行く?」
リーネが、俺を見る。
俺は、一瞬だけ迷ってから――頷いた。
「逃げるのは、簡単だ」
プーコが、ぐっと前に出る。
(行こうぜ)
「でも」
拳を、軽く握る。
「今度は、見て見ぬふりしたくない」
その瞬間、肩の上で寝ていたモフが、ぴょこんと顔を上げた。
「もふ?」
「ああ、行くぞ、モフ」
「もふぅ……」
不安そうに鳴くモフを、優しく撫でる。
「大丈夫。みんなで一緒だから」
リーネが、俺の手を握った。
「うん。一緒だよ、マコトさん」
その温もりが、胸に沁みた。
戦場は、王都郊外の平原だった。
敵国の兵。
そして――
暴走する魔獣たち。
怒号と悲鳴が、混じり合う。
(怖い)
(苦しい)
(帰りたい)
心読が、洪水みたいに流れ込む。
「……落ち着け」
全部、受け止めようとしたら壊れる。だから、必要な分だけ聞く。
「リーネ、氷で進路を遮断して!」
「了解!」
「アイシア、上から睨み利かせて!」
「心得た」
プーコは――
「……突っ込むなよ?」
(突っ込む)
「聞いてない!」
――ドゴォン!
敵兵の隊列が、見事に散らばった。
「結果オーライか!?」
リーネが吹き出す。
「プーコ、あれは戦術じゃなくて事故です!」
(褒めてる?)
「褒めてない!」
混乱の中で、俺は魔獣たちの前に立った。
「聞こえる。操られてるだけだ」
魅了を、そっと広げる。命令じゃない。待ってというお願い。
魔獣たちが、次々と動きを止めた。
「……止まった!?」
王国兵の声が上がる。
敵国の指揮官が、愕然とする。
「何をしている! 突撃を――」
その瞬間。アイシアの氷の息が、地面を貫いた。
「これ以上は、通さん」
戦場に、静寂が落ちる。
だが、まだ終わりじゃない。
「マコトさん! 右翼から別動隊が!」
「くっ……」
敵は、魔獣を囮にして本隊を回り込ませようとしていた。
「プーコ!」
「ぶもー!」
プーコが駆け出そうとした、その時。
「もふっ!」
モフが、突然俺の肩から飛び降りた。
「モフ!?」
小さな体が、敵兵の前に着地する。
「もふもふもふ!」
モフの体が、突然光り始めた。
「な、何だあれは!?」
敵兵が足を止める。
星毛獣の光は、暗闇を恐れる種だけが持つ、本能的な警告の光。
「もふぅ……」
光が収まると、モフはへたり込んだ。
「モフ!」
駆け寄って抱き上げると、モフは小さく
「もふ……」と鳴いた。
(訳:頑張った……)
「ああ、よく頑張ったな」
その隙に、王国軍が防衛線を固めた。
「魔獣使い殿の援護だ! 盾を固めろ!」
結果は――小規模衝突で終結。街への被害は、ほぼゼロ。
戦いが終わったあと。
魔獣たちは、森へ帰っていった。
「……助けたんだよね」
リーネが、ぽつりと言う。
「うん」
俺は、深く息を吐いた。
「ちゃんと、守れた」
プーコが、俺の背中に頭突きをしてくる。
(ヒーローだな)
「やめろ、照れる!」
アイシアが、俺の隣に降り立った。
「マコト。お前は、今日自分で選んだ」
「選んだ?」
「戦うことを。誰かに命令されたわけでも、義務でもなく。自分の意志で」
「……そうだな」
俺は、腕の中のモフを見下ろした。
「もふぅ……」
疲れて眠っている。小さな体が、俺の腕の中で温かい。
「モフも、頑張ってくれた」
「ぶもぶも」
プーコも、満足そうに鼻を鳴らす。
「マコトさん」
リーネが、優しく微笑む。
「これが、私たちの戦い方だね」
「……ああ」
力で押し潰すんじゃない。心で繋がって、救う。
それが、俺たちにできること。
夕焼けが、平原を染める。
恐怖は、確かにあった。
でも――逃げなかった自分を、少しだけ誇れた。
王都に戻る道中、騎士団の隊長が追いかけてきた。
「魔獣使い殿!」
「はい?」
「今日の戦い、見事でした」
「いえ、俺は……」
「いいえ」
隊長は、真剣な目で俺を見た。
「あなたがいなければ、被害は何倍にもなっていた。王国を代表して、感謝します」
深々と頭を下げる隊長。
俺は、戸惑いながらも頭を下げ返した。
「……こちらこそ」
騎士団が去ったあと、リーネが笑った。
「マコトさん、ちゃんと英雄してますよ」
「やめてくれ、そんなんじゃない」
「でも、みんなそう思ってる」
(私の主だからな)
「お前は黙ってろ」
モフが、俺の腕の中で小さく「もふ……」と鳴いた。
「ん? 起きたか?」
(もふぅ……お腹空いた……)
心読で、モフの気持ちがはっきり伝わってきた。
「よし、帰ったら美味いもの食わせてやるからな」
「もふ!」
元気を取り戻したモフが、尻尾を振る。
アイシアが、少し呆れたように言った。
「……戦場から帰って、最初の心配が飯か」
「いいだろ。平和で」
「……まあ、な」
彼女も、少しだけ笑った。
街の門が見えてくる。
人々が、無事に帰ってきた兵士たちを迎えている。
俺たちの姿を見つけた子供が、手を振った。
「魔獣使いのお兄ちゃんだ!」
「プーコだ!」
「可愛い!」
プーコが、照れたように鼻を鳴らす。
(可愛いは違う)
「いや、可愛いぞお前」
「ぶもっ!」
笑い声が、街に響く。
戦争の影は濃くなっている。
それでも。
希望は、ちゃんと前に進んでいた。
俺たちは、自分で選んだ。
戦うことも、守ることも、笑うことも。
全部、自分で決めた。
だから――
「よし、帰ったら飯だ!」
「賛成!」
「ぶもー!」
「もふ!」
夕焼けの中、俺たちは街へ戻った。
明日のことは、明日考えればいい。
今日は、ちゃんと守れた。
それだけで、十分だった。
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