28話:王国との軋轢
王都ガルディアの空気は、いつもより重かった。
石畳の通りには騎士の数が増え、冒険者ギルドの周囲には見慣れない紋章を付けた兵が立っている。
モフが、俺の肩で不安そうに鳴いた。
(まこと、なにか、おかしい)
「……ああ、俺もそう思う」
「……あれ、完全に監視だよね」
リーネが小さく呟いた。
「うん。俺もそう思う」
思う、ではなく――わかっていた。
魔獣たちの異常な従属。
古代竜アイシアの出現。
それらは、もはや偶然では片づけられない。
プーコが、不安そうに俺の足元に寄り添ってきた。
(まこと、こわい)
「大丈夫……多分」
ポチも、尻尾を下げている。
(なにか、わるいこと、おきる?)
「……わからない」
ギルドの奥、応接室。
そこにいたのは、王国騎士団副団長と名乗る男だった。
鋭い目つき。年齢は四十前後。
鎧の奥から滲むのは、敵意よりも「警戒」だった。
「タカハシ・マコト。貴殿の能力は、王国にとって看過できない」
開口一番、それだった。
「魔獣を意のままに操る力。古代竜を従えたという報告もある」
「操ってはいません」
俺は、即座に否定した。
「彼女たちは、自分の意思で――」
「結果は同じだ」
副団長は遮る。
「一個人が、国家戦力に匹敵する力を持つ。それ自体が脅威だ」
胸が、冷える。
モフが、小さく震えた。
(まこと、おこられてる?)
「怒られてるわけじゃ……でも、似たようなものかな」
リーネが一歩前に出た。
「マコトさんは、王国のために戦ってきました! 魔獣の暴走も止め――」
「だからこそ、だ」
男の声が低くなる。
「善意の力ほど、制御できなくなった時に危険だ」
胸が、きしんだ。
(まただ)
優しさが、疑われる。
力が、大きすぎるという理由で。
「そもそも、貴殿は異世界から来た存在だという情報もある」
副団長は、冷たく言った。
「この世界の人間ではない。それは事実か?」
「……」
答えられなかった。
否定すれば、嘘になる。
肯定すれば――
「答えられないということは、肯定と受け取る」
副団長は、書類を見た。
「異世界の力を持つ者が、この世界の均衡を乱す」
「それは、教会も危惧している」
「教会……?」
「ああ。聖教会は、異界の力を危険視している」
副団長は、立ち上がった。
「王国としては、貴殿を管理下に置く」
その言葉に、室内の空気が凍った。
「監視。行動制限。場合によっては、拘束も辞さない」
「……それは」
言葉を探していると、リーネが俺の袖を掴んだ。
その指が、震えている。
「マコトさん……」
彼女の心が、微かに伝わってきた。
(このままじゃ……奪われる)
怖い。
でも、俺を守ろうとしてくれている。
その優しさが、逆に俺を縛った。
モフが、必死に鳴いた。
(まこと、わるくない!)
「……ありがとう、モフ」
「少し……考える時間をください」
副団長は無表情で頷いた。
「三日だ。それ以上は待てん」
「三日後、貴殿の身柄を確保する」
「それまでに、貴殿の意思を聞かせてもらおう」
部屋を出たあと、王都の空は、どこまでも灰色だった。
リーネが、俺の手を握った。
冷たい手。
震えている。
「……ごめん」
思わず口をついて出た。
「え?」
「俺のせいで、リーネまで巻き込んでる」
彼女は、首を振る。
「違うよ。でも……」
一瞬、言葉が詰まる。
「正直、怖い。マコトさんが遠くに行っちゃうみたいで」
その一言が、胸に突き刺さった。
「俺は……どこにも行かない」
そう言いたかった。
でも――確信が、なかった。
力を持つということ。
人であり続けるということ。
その両立が、こんなにも難しいなんて。
モフが、俺の肩で小さく鳴いた。
(まこと、いっしょ)
「……ありがとう」
その夜。
宿の部屋で、アイシアが静かに告げた。
「王国は、お前を守ろうとしている。そして同時に、恐れている」
「……どうすればいい」
「選ぶしかない」
白い髪の竜は、淡々と言う。
「従うか。抗うか。あるいは――別の敵を作るか」
「別の敵?」
アイシアは、視線を闇の奥へ向けた。
「闇は、すでに動いている。邪教団がな」
その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「邪教団……?」
「深淵の眼。世界を混沌に陥れることを目的とする集団だ」
アイシアは、冷たく言った。
「彼らは、お前の力を狙っている」
「……俺の力?」
「そうだ。魔獣の王の資質を持つお前を利用し、世界を壊そうとしている」
胸が、冷える。
「もし、お前が王国に拘束されれば――」
アイシアは、俺を見た。
「邪教団は、お前を奪いに来るだろう」
「そして、王国と邪教団の戦いに、お前は巻き込まれる」
その言葉が、重く響いた。
モフが、不安そうに俺を見た。
(まこと、どうする?)
「……わからない」
リーネは、窓の外を見ていた。
その背中が、遠い。
心の距離も、遠くなっている。
それが、何より辛かった。
「マコトさん……」
リーネが、小さく呟いた。
「私、怖いです」
「……」
「マコトさん!どこか遠くに行かないよね?」
その言葉が、胸に刺さった。
「俺は……」
何も言えなかった。
王国。
監視。
そして、闇。
俺の選択が、世界の流れを変えるところまで来ていた。
三日。
それまでに、答えを出さなければいけない。
でも――
どの選択肢も、誰かを傷つける。
それが、何より重かった。
モフが、俺の膝の上で丸くなった。
(まこと、いっしょ)
「……ありがとう」
その温もりだけが、俺を支えてくれた。




