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27話:人としての選択

 夜は、深く静まり返っていた。

 焚き火はもう消えかけ、赤い炭が、名残のように光を放っている。


 アイシアはその前で、目を閉じていた。

 リーネは眠れず、丸くなっているプーコを撫でている。

 モフは、俺の膝の上で眠っていた。


 そして俺は――ただ、空を見上げていた。

 星が、やけに遠く感じた。


(世界の外から来た存在……か)


 受け入れたくない現実ほど、心にこびりつく。

 神様のミス。異世界の例外。

 そのどれもが、他人事ではなくなっていた。

 モフが、小さく寝言を言った。


(まこと……だいすき……)

「……モフ」


 俺は、モフの頭を撫でた。

 温かい。柔らかい。

 この温もりは、嘘じゃない。

 魅了で引き寄せられたとしても――

 この子が俺を信頼してくれているのは、本物だ。

 そう信じたかった。


 ポチが、俺の足元で丸くなっている。


(まこと、ねむれない?)

「……眠れない」


 チビも、俺のポケットから顔を出した。


(まこと、かんがえすぎ)

「考えすぎかもな……」


 でも、考えないわけにはいかない。

 俺の選択が、みんなの未来を左右する。

 それが、重すぎた。


「……マコト」


 静かな声が背中から届いた。

 リーネだ。


「寒くない?」

「ん、大丈夫。少し考えてただけ」


 言葉を選びながら、彼女はそっと隣に腰を下ろした。

 距離が、少し近い。

 前よりも、近い気がした。


 モフが、目を覚ました。


(りーね、きた)

「起こしちゃった?」

(だいじょうぶ)


 モフは、リーネにも頭を擦り付けた。


「可愛い……」


 リーネは、モフを撫でた。


「アイシアの話、信じてるの?」

「信じたくないけど……たぶん、嘘じゃない」


 俺は、正直に答えた。


「全部、辻褄が合いすぎてる」

「……そっか」


 リーネは、少し黙った。

 モフが、リーネの手を舐めた。


(りーね、かなしい?)


 首を傾げ、悲しい目をしたモフの言葉が、聞こえる様な気がした。


「大丈夫よ、モフちゃん」


 そして――


「でもね」


 リーネは少しだけ笑った。


「世界の外の人って、そんなに悪いことじゃないと思うよ」

「え?」

「だって――」


 彼女は夜空を見上げる。


「この世界の人じゃないのに、私たちのこと、こんなに考えてくれるじゃない」

「……俺は、ただ」

「優しいでしょ?」


 軽く言われた一言が、妙に胸に刺さった。

 モフが、嬉しそうに鳴いた。


(まこと、やさしい)

「優しさが裏目に出ること、あるけどね」


 リーネは笑って、手を広げる。

 指先に、淡い氷の粒が生まれた。

 それはゆっくりと宙に浮かび、小さな星のように輝く。

 モフが、目を輝かせた。


(きれい!)

「綺麗でしょ?」


 リーネは、モフに微笑んだ。


「でも、それでも私は信じるよ。人の優しさって、世界を壊すほど悪いものじゃない」


 その言葉を聞いて、アイシアが目を開けた。


「……甘い理想だな」

「理想でもいいの。だって――現実は、マコトがもう十分苦しんでる」


 リーネの声には、怒りとも、祈りともつかない熱があった。


「マコトさんは、悪くない」

「だから、これ以上苦しまないでほしい」


 その言葉が、胸に響いた。

 モフが、俺の顔を舐めた。


(まこと、わるくない)

「……ありがとう、モフ」


 アイシアは、しばし無言で見つめたあと、静かに目を閉じた。


「……人間という種は、ほんとうに理解しがたい」

「でも、それが人間です」


 リーネは、笑って言った。


 俺はその横顔を見ながら、胸の奥で何かが変わるのを感じていた。


(もし俺の存在が、世界を壊すほどの異物だとしても)

(この人たちを守りたい気持ちは、間違いじゃない)


 モフが、俺とリーネの間に座った。


(まこと、りーね、なかよし)

「仲良し……か」


 リーネが、少し笑った。


「そうね、仲良しよ」


 自分の中で、ようやく一つの答えが形になる。 


「……ありがとう」


 リーネが驚いたように顔を上げた。


「俺、決めた」


 焚き火の残り火が、ぱち、と小さく弾ける。


「俺は異物としてじゃなく、人間として生きたい」

「……マコトさん」

「王とか、魔獣の王とか、そんなのじゃなくて」


 俺は、リーネを見た。


「ただの人間として、生きたい」

「それでも、誰かを傷つけるかもしれない」

「それでも――」


 俺は、拳を握った。


「人として、生きたい」


 モフが、嬉しそうに鳴いた。


(まこと、にんげん!)

「……そう、人間だ」


 その瞬間、アイシアがゆっくり立ち上がった。


「ならば、選択の結果を受け止める覚悟を持て」


 彼女の目は、どこか遠くを見つめていた。


「この世界には、すでにお前を見張る者がいる」

「見張る者……?」

「そうだ。お前の力を恐れる者、利用しようとする者――」


 アイシアは、冷たく言った。


「お前が人として生きることを、許さない者たちだ」


 胸が、冷える。


「……それでも、俺は――」

「覚悟がなければ、すべてを失うことになる」


 アイシアは答えなかった。

 ただ、月光を背に白い髪を揺らしながら言った。


「マコト。お前が人として歩むなら、次に向かうべき場所がある」

「……どこですか?」

「王都だ」


 アイシアは、遠くを見た。


「そこで、お前は選択を迫られる」

「王として生きるか、人として生きるか――その最後の選択だ」


 その言葉が、次の運命を指し示していた。

 モフが、不安そうに俺を見た。


(まこと、だいじょうぶ?)

「……大丈夫」


 大丈夫じゃなかった。


 でも――

 もう、引き返せない。

 俺は、人として生きると決めた。

 それが、どんな代償を伴うとしても。


 モフを、抱き上げた。

 温かい。

 この温もりを、守りたい。


(まこと、あったかい)

「モフ、ありがとうな」

(まこと、だいすき)

「俺も、お前が好きだよ」


 リーネが、俺の手を握った。


「マコトさん、私も一緒です」

「……ありがとう」


 プーコも、ポチも、チビも、みんな俺を見ている。


(まこと、いっしょ)

(わんわん!まこと、まもる!)

(まこと、がんばれ)


 猫は、相変わらず寝ている。

(zzz...)

「お前は最後まで寝てるな……」


 でも――

 それが、少しだけ救いだった。

 変わらないものが、ここにある。

 夜は、静かに更けていった。

 明日、俺たちは王都に向かう。


 そして――

 最後の選択が、待っている。

 それが、どんな結末を迎えるのか。

 俺は、まだ知らない。


 ただ――

 人として生きる。

 その決意だけが、胸に残っていた。

 モフが、俺の腕の中で丸くなった。


(まこと、だいじょうぶ。いっしょ)

「……ありがとう」


 その温もりが、俺を支えてくれた。

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