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26話:スキルの真実

 焚き火が、小さく爆ぜた。

 沈黙が長く続いたあと、アイシアが口を開いた。


「では、次は――スキルの話だ」


 胸が、嫌な予感でざわつく。

 モフが、俺の膝の上で小さく震えた。


(まこと、こわい?)

「……怖い」

「魅了。微心読。魔法適性」


 彼女は、淡々と列挙した。


「神から与えられた、と認識しているな」

「……はい」

「半分は正しい」


 半分。

 その言い方が、怖かった。


「まず、魅了」


 アイシアは、指を一本立てる。


「お前の魅了は、人間にはほぼ作用しない」

「だが、魔獣には――常時、最大効果だ」


 息が、詰まる。


「それは"好かれる力"ではない」


 冷たい声。


「存在を否定されない、という世界干渉だ」


 頭の中で、今までの光景が繋がっていく。

 動物が寄ってきた理由。

 魔獣が逃げなかった理由。

 プーコが、最初から俺に従った理由。


「……じゃあ、みんな……」


 俺は、震える声で言った。


「俺を好きなんじゃなくて……」

「違う」


 アイシアは、即座に否定した。


「魅了は、最初のきっかけに過ぎない」

「その後の関係は、本物だ」

「……本物?」

「そうだ。お前が優しくしたから、魔獣たちは応えた」


 アイシアは、プーコを見た。


「この猪は、お前を信頼している」


 プーコが、嬉しそうに鳴いた。


(まこと、だいすき)

「……」

「だが」


 アイシアは、再び厳しい顔になった。


「それは、お前が意図しない形で始まった」

「そこに、問題がある」


 胸が、重くなる。


「次に、微心読」


 指が、二本になる。


「これは、欠陥スキルだ」

「……欠陥?」

「本来、王の資質を持つ存在には、完全な心読が備わる」

「だが、お前のは制限版だ」


 アイシアは、俺を見つめる。


「だから誤作動する」

「恐怖、欲求、本能――強い感情だけが、漏れ出す」


 リーネが、はっとする。


「……だから」

「魔獣の怖いが、強く聞こえた」


 アイシアは、頷いた。


「優しい者ほど、壊れやすい設計だ」


 胸が、締め付けられる。


「……それって、わざと?」

「いや」


 アイシアは、首を振った。


「恐らく、神の設定ミスだ」

「……設定ミス」


 セレスティアの顔が、脳裏に浮かんだ。


『設定スキル、間違えたかも?』


 やっぱり、間違えていたのか。


「お前の微心読は、不完全だ」


 アイシアは、続けた。


「だから、相手の苦しみだけが強く響く」

「それは、お前にとって――呪いに近い」


 モフが、俺の手を舐めた。


(まこと、つらい)

「……うん」

「最後に、魔法適性」


 三本目の指。


「これは、完全に異常だ」


 はっきりと、断言された。


「本来、属性適性は世界に生まれた時点で決まる」

「だが、お前のは違う」

「世界が、お前に合わせて魔法の形を変えている」

 ぞっとした。

「……それって」

「そうだ」


 アイシアは、逃げ場を与えない。


「お前は、世界の外から来た存在だ」


 異世界人。

 転生者。

 その言葉よりも、重い意味を含んでいた。


「世界は、お前を例外として扱っている」

「だから、力が歪む」

「だから、スキルが噛み合わない」


 拳が、震える。


「……じゃあ」


 声が、かすれる。


「俺が失敗したのも」

「村に被害が出たのも」

「全部……」

「偶然ではない」


 アイシアは、静かに言った。


「お前が存在するだけで、世界の均衡は揺れる」


 重すぎる事実。

 耐えきれず、俺は俯いた。


「……俺は」


 声が、消え入りそうになる。


「生きてちゃ、ダメなんですか」


 焚き火の音だけが、響く。

 モフが、必死に俺を慰めようとしている。


(まこと、わるくない)


 リーネが、思わず前に出た。


「そんな言い方――!」

「違う」


 アイシアが、遮った。


「だからこそ、選択が必要になる」


 俺を見る。

 真剣な眼差し。


「力を否定し、自分を縛り続けるか」

「それとも」


 一拍。


「世界の歪みを、引き受ける覚悟を持つか」

 そのどちらも、楽な道ではない。



「……もし、俺が力を否定し続けたら?」

「壊れる」


 アイシアは、即答した。


「そして、魔獣たちが暴走する」

「……もし、俺が力を引き受けたら?」

「人としての幸福を、失う」


 どちらも、地獄だった。


「……」


 俺は、ゆっくり息を吐いた。

 怖い。

 逃げたい。

 それでも――


(知らなかった頃には、戻れない)


 それだけは、はっきり分かっていた。

 モフが、俺の頬に顔を擦り付けてきた。


(まこと、いっしょ)

「……ありがとう、モフ」


 プーコも、ポチも、チビも、みんな俺を見ている。

 心配そうな目で。


 でも――

 それが、余計に辛かった。


(この子たちは、俺を選んだんじゃない)

(魅了で、引き寄せられただけ)


 その事実が、胸に重く響いた。

 焚き火の炎が、静かに揺れていた。


 まるで、俺の迷いを映すように。


 アイシアは、立ち上がった。


「今日は、ここまでだ」

「……はい」

「明日、答えを聞かせてもらう」


 その言葉が、重かった。

 リーネは、何も言わなかった。

 ただ、俺から少し離れたところで、じっと火を見つめていた。

 距離が、遠い。

 心の距離も、遠くなっている。

 それが、何より辛かった。


 夜は、静かに更けていった。

 答えを出さなければいけない。


 でも――

 どちらを選んでも、代償がある。

 それが、何より重かった。

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