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25話:魔獣の王の資質

 雪洞の奥で、焚き火が静かに揺れていた。

 外は吹雪。

 だが、ここだけは不思議と寒くない。

 アイシアが張った結界だと、後で知った。


 モフが、俺の膝の上で丸くなっている。


(あったかい)

「……さっきの話」


 沈黙を破ったのは、俺だった。


「魔獣の王の、資質って」


 言葉にするだけで、胸の奥が重くなる。

 アイシアは、氷壁にもたれかかり、腕を組んだ。


「文字通りの意味だ」

「魔獣に命令する力。恐怖で縛る力。力で従わせる力」

「それらとは、根本的に違う」


 炎の光が、彼女の白髪を揺らす。


「お前の資質は――魔獣に選ばれる側の力だ」


 選ばれる。

 その言葉が、やけに刺さった。


「……それって」


 声が、少し掠れる。


「俺が、望んでなくても?」

「そうだ」


 即答だった。


「お前が拒もうと、魔獣は惹かれる」

「従うかどうかを決めるのは、魔獣自身だが」


 一拍置いて。


「拒絶されない存在、というのはそれだけで"王"に近い」


 火が、ぱちりと音を立てた。

 プーコは、俺の足元で丸くなっている。

 安心しきった顔。


(まこと、だいすき)


 ポチも、チビも、みんな俺の周りに集まっている。

 猫は、相変わらず寝ている。


「……過去に、俺みたいな人間はいたんですか?」


 俺は、思い切って聞いた。


「いた」


 アイシアは、遠い目をした。


「数百年前、一人だけ」

「その者も、お前と同じように魔獣に愛された」

「……その人は、どうなったんですか?」


 アイシアは、少し黙った。


 そして――


「世界を、救った」

「……」

「だが、代償に――自分自身を失った」


 胸が、冷える。


「失った……?」

「人としての心を、魔獣の王としての使命に捧げた」


 アイシアは、静かに続けた。


「最後には、誰も彼を人として見なくなった」

「ただの、魔獣の王として――」


 その言葉が、重く響いた。


「……俺」


 喉が、詰まる。


「そんな力、欲しくなかった」


 思わず、漏れた本音。


「村では、人に避けられて」

「ギルドでは、警戒されて」

「それでも、魔獣だけが近づいてきて……」


 拳を、強く握る。


「これって、結局――」


 言葉が、続かない。

 モフが、心配そうに俺を見上げた。


(まこと……)

「ごめん、モフ。お前のせいじゃないんだ」


 アイシアは、静かに言った。


「孤独だな」


 図星だった。

 胸の奥を、正確に射抜かれた。


「魔獣の王の資質とは、祝福であり、呪いだ」

「世界は、王を必要とする」

「だが、王自身の幸福は、保証されない」


 リーネが、耐えきれず口を開く。


「……それでも」


 震える声。


「マコトさんは、誰かを支配したい人じゃありません」


 アイシアは、彼女を見る。


「分かっている」

「だからこそ、危うい」


 その言葉に、俺は顔を上げた。


「どういう……」

「力を恐れ、自分を縛り続ければ」


 アイシアの瞳が、真剣になる。


「いずれ、お前は壊れる」

「そして、壊れた王は――」


 言葉を、切る。


「世界を、巻き込む」


 背筋が、凍った。

 脳裏に浮かぶ。

 村の被害。

 自分の判断ミス。

 周囲の視線。


 そして――


(もし、俺が本当に壊れたら……)

「……具体的には、どうなるんですか?」


 俺は、震える声で聞いた。


「魔獣が、暴走する」


 アイシアは、容赦なく答えた。


「お前の苦しみ、恐怖、絶望――それが、魔獣たちに伝わる」

「そして、魔獣たちは、お前を守ろうとする」

「……守る?」

「そうだ。お前を苦しめるもの、全てを――排除しようとする」


 ぞっとした。


「それって……」

「人間を、敵とみなす」


 アイシアは、はっきり言った。


「村も、街も、王国も――全てを、壊そうとするだろう」

「やめろ……そんな……」

「これは、可能性ではない」


 アイシアは、厳しい目で俺を見た。


「必然だ。お前が壊れれば、必ずそうなる」

「……俺は」


 小さく、呟く。


「人間で、いたいだけなんです」


 強くも、偉くもなくていい。

 ただ、誰かを守って、誰かに必要とされて。

 普通に、生きたいだけだ。

 モフが、俺の手を舐めた。


(まこと、にんげん)

「……ありがとう、モフ」


 アイシアは、しばらく黙っていた。


 そして。


「ならば、選べ」


 静かに、言った。


「王として生きるか」

「人として、生きるか」


 その二択は、あまりにも重い。


「……どっちを選んでも」


 俺は、震える声で言った。


「誰かを、傷つけるんじゃないですか?」

「そうだ」


 アイシアは、容赦なく答えた。


「王として生きれば、人としての幸福は失う」

「人として生きれば、魔獣たちは苦しむ」

「どちらを選んでも、代償はある」


 胸が、苦しい。


「……俺、どうすれば……」

「選ぶのは、お前だ」


 アイシアは、立ち上がった。


「だが、選ばなければ――世界が、お前を選ぶ」

「それは、お前にとっても、世界にとっても、最悪の結末だ」

「……いつまでに、決めなきゃいけないんですか?」

「時間はない」


 アイシアは、外の吹雪を見た。


「お前の力は、日に日に強くなっている」

「それは、魔獣たちとの絆が深まっている証拠だ」

「……」

「このまま放置すれば、選択肢すら消える」


 その言葉が、重く響いた。

 外で、風が唸る。

 吹雪は、まだ止まない。


 俺は、まだ答えを出せなかった。

 ただ一つだけ、確かなのは。


 ――この力から、もう目を逸らすことはできない。


 それだけだった。

 モフが、小さく鳴いた。


(まこと、だいじょうぶ。いっしょ)

「……ありがとう」


 リーネも、俺の手を握った。


「マコトさん、私も……一緒です」


 その手は、冷たかったけど。


 でも、確かに温かかった。

 プーコも、ポチも、チビも、みんな俺の周りにいる。


 でも――

 それでも、孤独だった。

 この選択は、俺一人でしなければいけない。

 誰も、代わってくれない。


 そして――

 どちらを選んでも、代償がある。


 それが、何より重かった。


 俺は、焚き火を見つめた。

 揺れる炎が、俺の未来のように不安定に見えた。



お口直しに他の小説も読んで見てください。


ギャグ

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