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24話:フロストドラゴン

 

 吹雪が、嘘のように止んだ。


 やっとたどり着いた、雪山の最奥。


 巨大な氷柱と氷壁に囲まれた空間に、彼女はいた。


 ――白銀の竜。


 翼は氷晶のように透き通り、吐息だけで空気が凍る。


 だが、その視線は鋭くも、敵意はなかった。


 モフが、俺の肩で震えた。


(こわい……でも……やさしい?)

「……優しい?」

「来たか」


 低く、澄んだ声。

 次の瞬間。


 氷の光が渦を巻き、竜の姿が、人へと変わる。

 白髪のロングヘア。

 雪のように冷たい瞳。

 無駄のない肢体――だが、はっきりと分かる女性的な曲線。

 場違いなほどの美しさに、俺は言葉を失った。


「フロストドラゴン・アイシア」


 彼女は、淡々と名乗る。


「この地の守護者であり、古代竜の一柱だ」


 リーネが、息を呑む。


「……人化、できるんですね」

「当然だ」


 アイシアは一瞬だけ視線を向け、すぐに俺へと戻した。


「――久しいな」


 初対面のはずなのに、その言葉は、妙に自然だった。


「……会ったこと、ありましたっけ」

「直接はない」


 彼女は、首を振る。


「だが、お前の気配は知っている」


 空気が、張り詰める。


 モフが、小さく鳴いた。


(まこと、だいじょうぶ?)

「大丈夫……多分」

「マコト」


 名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が、熱く脈打った。


「お前は、自覚していない」

「……何を、ですか」

「自分が、何者かということをだ」


 アイシアは、静かに語り始める。


「この世界にはな、魔獣を従える者は多い」

「だが」


 一歩、近づく。


「魔獣に拒絶されない存在は、ほとんどいない」


 プーコが、彼女の足元で伏せた。

 完全な服従。


(つよい……でも……やさしい)

「魅了ではない」


 アイシアは、はっきり言った。


「支配でも、洗脳でもない」


 視線が、俺を射抜く。


「お前の力は、魔獣の王の系譜に連なるものだ」


 息が、止まる。


「王……?」

「正確には資質だ」

「世界の理に干渉し、魔獣と対等に在れる資格」


 彼女は、少しだけ目を細めた。


「だからこそ、危うい」


 その瞬間。


「……ふん」


 リーネが、小さく鼻を鳴らした。


「急に現れて、マコトさんを脅すような言い方、どうかと思います」


 アイシアの眉が、わずかに動く。


「人間の娘」

「同行者です」


 間髪入れずに返す。


「……そうか」


 アイシアは、俺の肩越しに彼女を見る。

 視線が、冷たい。


「お前は、この者を守れると思っているのか?」


 胸が、締め付けられる。


「守ります」


 即答だった。

 自分でも、驚くほど。

 アイシアは、数秒黙ったあと、小さく笑った。


「……リーネの強気も相変わらずだな」


「マコト」


 再び、俺を見る。


「お前の力は、世界を救うことも、壊すこともできる」

「選び方を、間違えるな」


 その言葉が、重く胸に響いた。


「……俺、どうすればいいんですか」

「それを、自分で選べ」


 アイシアは、ゆっくりと背を向けた。


「私は、しばらく同行しよう」

「……え?」

「世界の説明役が必要だろう」


 ちらりと、リーネを見る。


「それに」


 少しだけ、口角を上げた。


「放っておくと、お前は自分を削りすぎる」


 モフが、嬉しそうに鳴いた。


(なかま、ふえた)

「仲間……なのか?」


 アイシアは、モフを見た。


「……小さいな」

(ちいさい)

「でも、可愛い」

(かわいい?)

「ああ、可愛い」


 アイシアは、モフの頭を撫でた。

 モフは、嬉しそうに尻尾を振った。


(あったかい)

「……えっと」


 俺は、混乱した。


「古代竜って……こんなに優しいんですか?」

「私は、孤独だった」


 アイシアは、静かに言った。


「だから、お前の気配を感じた時、嬉しかったのだ」

「……」

「お前は、魔獣を支配しない。信頼で繋がる」


 アイシアは、俺を見た。


「それが、私には心地よかった」


 その言葉に、胸が温かくなった。

 ポチも、アイシアに近づいた。


(わんわん!)

「犬か。可愛いな」

(かわいい!)


 チビも、ポケットから顔を出した。


(こんにちは)

「小さい魔獣も。可愛い」

(かわいい!)


 猫は、相変わらず寝ている。

(zzz...)


「猫は……寝ているのか」

「いつも寝てます」


 氷の空間に、静寂が戻る。

 フロストドラゴン・アイシア。

 彼女の存在が、これからの運命を大きく変える。


 ――その予感だけは、はっきりと、胸に残っていた。


 そして、俺は気づいた。

 アイシアは、俺を気に入っている。

 それが、何を意味するのか。

 まだ、わからない。


 でも――

 少しだけ、救われた気がした。

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