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23話:雪山への旅

 雪は、音を奪う。

 王都を出て半日。

 山道に入った頃には、足音すら白に飲み込まれていた。


 モフが、俺の肩で小さく震えた。


(さむい……)

「ごめんな、モフ」


 俺は、モフをマフラーで包んだ。


(あったかい)

「……寒いですね」


 リーネの声が、やけに遠く聞こえた。


「大丈夫?」

「平気です」


 即答。

 でも、その声は硬い。

 俺は、それ以上踏み込めなかった。

 プーコだけが、変わらず前を歩く。


「ブモ」

(まこと、だいじょうぶ)


 足跡を確かめるように、時々こちらを振り返りながら。


 ポチも、雪の中を歩いている。

(さむい……でも、がんばる)


 チビは、俺のポケットの中で丸くなっていた。

(あったかい……ここ、すき)


 猫は、相変わらず寝ている。

(zzz...)


 山羊は……いない。

「……山羊、連れてこなかったな」

(めぇ、は、ぎるどにいる)


 モフが教えてくれた。


「そっか……賢明だな」


 微心読が、断片的に流れ込む。


(こわい)

(さむい)

(でも、いかなきゃ)


 ――俺と、同じだ。


 休憩のために、岩陰で火を起こす。

 魔法で火種を作ると、リーネは黙って薪を足した。

 会話が、続かない。


 モフが、火の近くで丸くなった。


(あったかい)

「モフ、寒かったろ」

(だいじょうぶ。まこと、あったかいから)


 その言葉に、少しだけ救われた。


(……俺が、連れてきた)


 S級任務。

 選択肢がないと言われたとはいえ、決断したのは、俺だ。


「……リーネ」


 呼びかけると、彼女は少しだけ間を置いて振り向いた。


「なんですか」

「無理なら、戻っても――」

「戻りません」


 被せるように言われた。


「私は、マコトさんの同行者です」


 正論。

 でも、そこに温度がない。

 胸が、ちくりと痛む。


 モフが、俺とリーネを見た。


(りーね、まこと、けんか?)

「……喧嘩じゃないよ」

(でも、とおい)

「……」


 モフは、正しかった。

 距離が、遠くなっている。

 再び歩き出す。

 標高が上がるにつれて、空気が、刺すように冷たくなる。


 そのとき。

 ――低い、音。

 遠くで、山が鳴いた。


「……今の」


 リーネが、息を飲む。

 プーコが、立ち止まる。


「ブ……モ」

(こわい……でも……)


 恐怖。敬意。そして――懐かしさ。

 微心読が、今までで一番強く流れ込んだ。


(めざめる)

(よばれている)

(ひとりで、さむい)


 膝が、わずかに震えた。


(……ドラゴン)


 フロストドラゴン・アイシア。

 まだ姿も見えない存在が、確実に、そこにいる。

 モフが、震えた。


(こわい……)

「大丈夫、モフ。俺が守る」

(まこと……)

「マコトさん」


 リーネが、俺の袖を掴んだ。


「……怖いです」


 初めて、弱音だった。


「でも」


 彼女は、手を離さない。


「一緒に行きます」


 俺は、深く息を吸った。


「……ありがとう」


 でも――

 その手は、冷たかった。

 温度がない。

 まるで、義務で握っているみたいに。

 それが、何より辛かった。


 雪山の奥。

 吹雪の向こうに、巨大な影が見えた気がした。

 それは、敵か。

 それとも、孤独な誰かか。

 答えはまだ、分からない。


 モフが、俺の肩で小さく鳴いた。


(まこと、いっしょ)

「……ありがとう」


 プーコも、俺の足元に寄り添ってくる。

(まこと、まもる)


 ポチも、尻尾を下げながらも前を向いている。

(まこと、だいすき)


 チビも、ポケットの中から顔を出した。

(まこと、がんばって)


 動物たちは、俺を支えてくれる。


 でも――

 リーネとの距離は、縮まらない。

 雪のように、冷たく、遠い。


 ただ一つ。

 この旅は、もう引き返せないところまで来ている。

 そう、はっきり分かっていた。


 そして――

 この先に待っているのは、

 世界を壊すかもしれない力との出会い。


 それが、何を意味するのか。

 俺は、まだ知らない。


 ただ、恐怖だけが――

 雪のように、静かに積もっていった。



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