22話:S級任務の打診
村に戻った翌日、俺は被害者の家を訪れた。
行かなければいけないと思った。
責任を、取らなければいけないと。
「……すみませんでした」
頭を下げる。
村人――中年の男性は、腕に包帯を巻いていた。
「……お前が、魔獣使いか」
「はい……」
沈黙。
男性は、ため息をついた。
「謝られても、困る」
「……」
「お前が、わざとやったわけじゃないのは分かってる」
それでも。
「でも、家は壊れた。息子は怪我をした」
男性は、俺を見た。
「お前の力は、便利かもしれない。でも――危険だ」
胸に、ナイフが刺さったような痛み。
「……はい」
「息子は、今も魔獣が怖いって泣いてる」
その言葉が、さらに重かった。
「……本当に、申し訳ありません」
「もう、来ないでくれ」
その言葉が、一番辛かった。
謝罪も、賠償も、拒否された。
ただ――「来ないでくれ」それだけ。
モフが、俺の肩で小さく鳴いた。
(まこと……)
「……大丈夫」
大丈夫じゃなかった。
次の家も、同じだった。
壊れた壁。割れた窓。
「……魔獣が暴れたせいで、畑も荒らされた」
老婆が、俺を見た。
「お前さんは、悪い子じゃないと思う。でもね……」
老婆は、ため息をついた。
「怖いんだよ。また、来るんじゃないかって」
「……」
「お前さんがいると、魔獣が来る。それが、怖い」
その言葉が、胸に突き刺さった。
(俺がいると……魔獣が来る)
それは、事実だった。
俺の力は、魔獣を引き寄せる。
それが、人々を傷つける。
モフが、震えた。
(まこと、わるくない……)
「……ありがとう、モフ」
でも、悪くないわけじゃない。
責任は、ある。
その日、俺はギルドマスター室に呼ばれた。
扉の前に立った瞬間から、嫌な予感しかしなかった。
「……失礼します」
中に入ると、ギルドマスターだけでなく、見慣れない人物がいた。
王国騎士団の徽章。しかも、上位。
「タカハシ・マコトだな」
低く、よく通る声。
「はい……」
「単刀直入に言おう」
騎士は、机に一枚の書類を置いた。
「S級任務だ」
心臓が、嫌な音を立てる。
モフが、震えた。
(えすきゅう……?)
「……すごく危険な任務ってことだよ」
「北方雪山。確認された高位存在――フロストドラゴン」
古代竜。噂ではなく、確定。
「……俺たちはDランクです」
絞り出すように言った。
「分かっている」
ギルドマスターが答える。
「だが、お前でなければ意味がない」
喉が、渇く。
「ドラゴンは、明確に意思を持っている。しかも――」
騎士は、視線を鋭くした。
「メスだ」
胸の奥が、凍りつく。
「……俺は」
言葉が、震える。
「この前、判断を誤って……村に被害を出しました」
「知っている」
「監視もされてる」
「承知している」
それでも。
「それでも、行かせるんですか?」
「他に、選択肢がない」
騎士が、冷たく言った。
「このまま放置すれば、フロストドラゴンは確実に目覚める」
「討伐は……」
「不可能だ」
即答だった。
「現状、交渉か、沈静しかない。――つまり」
騎士は、俺を真っ直ぐ見た。
「お前の力が必要だ」
頭が、真っ白になる。
(また、俺か)
俺が動けば、世界が揺れる。
動かなければ、もっと壊れる。
逃げたい。
本気で、そう思った。
「……リーネは?」
無意識に、名前が出た。
「同行は任意だ」
騎士が答える。
「だが、彼女の氷魔法は重要だろう」
その言い方が、少しだけ引っかかった。
まるで――駒を数えているみたいだった。
「……俺が、断ったら?」
「断れない」
ギルドマスターが、重く言った。
「これは、王国からの命令だ」
「……命令」
「そうだ。拒否すれば、お前は指名手配される」
選択肢は、なかった。
逃げ場も、なかった。
「……考えさせてください」
「時間はない」
ギルドマスターは、重く言った。
「明日までだ」
部屋を出ると、廊下の向こうに、リーネが立っていた。
目が合う。
「……聞いてました」
声が、硬い。
「私たち、行くんですね」
「……まだ、決めてない」
「でも」
彼女は、一歩近づいた。
「マコトさんは、行く人です」
それが、責めでも肯定でもないのが、辛かった。
「リーネさん……」
「私も、行きます」
「え……」
「マコトさん一人で行かせるわけにはいきません」
リーネの目は、真剣だった。
でも――どこか、距離を感じた。
「……ありがとうございます」
「でも」
リーネは、少し視線を落とした。
「マコトさん、もう……全員を救おうとしないでください」
「……」
「無理なんです。それは」
その言葉が、胸に刺さった。
リーネは、優しさで言っている。
でも――俺には、責められているように聞こえた。
プーコが、俺の足元で鳴く。
「ブモ……」
(まこと、だいじょうぶ?)
「大丈夫じゃない……」
夜。
ベッドに座ったまま、俺は動けずにいた。
世界を壊しかねない力。
逃げたくなるほどの重さ。
そして――逃げ場のない選択。
(行かなきゃ、指名手配される)
(でも、行けば……また誰かを傷つけるかもしれない)
その現実が、俺を縛って離さなかった。
モフが、俺の膝の上で丸くなった。
(まこと、にげたい?)
「……うん」
(でも、いけない?)
「……うん」
(まこと、つらい)
「……うん」
プーコも、俺の足元で寝そべった。
(まこと、いっしょ)
「……ありがとう」
ポチも、チビも、みんな俺の周りに集まってきた。
でも――リーネとの距離は、縮まらなかった。
むしろ、遠くなった気がした。
雪山への道は、もう、目の前まで来ていた。
逃げ場のない選択。
重い空気。
そして――初めて、本気で逃げたいと思った。
でも、逃げられない。
それが、一番辛かった。




